黒い空、灰色の大地
そして、半年後のあの日の三日前……
「先生、まだドナーは見つからないんですか!?」
明日香はもう待てないという顔で鶴見医師を見つめていた。
「落ち着いてください。肝臓のドナーはもともとそう多くはありません。しかもわざわざ肝臓を移植してくれる人もそうはいません。腎臓と違い、生きた人間は一つしか持っていませんし、肝臓がないと人は生きていけません。つまり、死んだ人間の肝臓でしかドナーとして来ないです。しかも、生きてすぐのドナーでないと腐ってしまい、それを移植することはできません」
「じゃあ、昨日とか、一昨日死んだ人だったらいいんですよね。救命士がこんなこと言いたくないけれど、昨日や一昨日死んでしまった人はごまんといる」
鬼庭さんも必死だった。
「確かにそうですが、昨日、一昨日の肝臓ではすぐに冷凍保存しないと、腐ってしまうし、外国から輸入するには少なくとも二週間はかかります。その間ずっと冷凍されてても機能しないことも稀にあるんです。
また、日本国内にも死んでしまった人はいっぱいいるでしょうが、わざわざ肝臓を移植してくれる遺族はなかなかいません。しかもそのほとんどが、外国に輸出されてしまうのです。そっちの方がお金が入るからです。
また、残念ながらそういう臓器移植というのは悪者が医者を装って多く買い取ってしまい、それを国の許可なしで、海外へ輸出されてしまうのです。世に言う臓器の密輸です。
その人達のせいで多くの人が移植手術を受けられずに死んでしまったのです。これは世界中で大問題となっていて、厳重に取り締まっていますが、あまりいい解決策が見出せないのです。
そのため、日本医療団体はなるべく移植手術を一番最後の手段としてできるだけ避けるように治療することを決めたのです」
鶴見医師はもう諦めそうだった。
「なら、なんで屋良君には肝臓移植という決断をしたんだ?」
鬼庭さんは鶴見医師の胸ぐらを掴んだ。
「彼の肝臓癌は大きすぎたのです。発見が遅すぎたのです。もう、手術以外に治せないと、確信しました」
「あ、あんたそれでも医者か? 何で人の命を救う医者がもう諦めた顔をしてるんだ? ここにはまだ、救えると信じてる人がいるというのに……」
「待ってください、鬼庭さん。先生は悪くありません。僕が悪いんです。僕がもっと早く気付いていれば」
屋良はもう水を失った魚のようだった。
「しかし、屋良君」
「僕はもう十分です。僕には十分すぎるくらい楽しい時間を過ごすことができました。ですが、最後にお願いできますか?」
屋良は弱々しい声で鬼庭さんに言った。
「僕が死んだら、あなたたちだけで葬式と通夜の席を済ませてください。僕はなるべく静かに葬り去りたいので。あ、墓はどこでもいいです」
「あ、ああ。だが君の家族は?」
「僕には家族と呼べる人はいません」
屋良はぼそっとつぶやいた。