最期の希望
ここはどこだ。
ああ、寂しい。昔はいつも一人だったのに今はなんだか一人がすごく寂しい。誰か一緒に居たんだろうか?
車が走ってる。ここはどこかの道路か。
誰かが飛び出してきた。子供が道の中央に転がったボールを取りに行こうとしている。
あ、そのあとから誰かが走って来た。あの子の母親かな。
あ、危ない。
「バァアアアン!」
激突した。ああ、あの母親、即死だ。でも命を投げ捨ててまで助けるなんてすごいな。ん、倒れた母親の奥に誰か立ってる。誰だ?
「お、おいあんた!」
そいつはどこかへ行ってしまった。
「あ、気が付いた」
目の前には明日香と鬼庭さんがいた。
「生きてるのか、俺?」
「ううん。晃市悟君と屋良ちゃんは二人とも救急車が来たときには脈はなかった」
「そうか。明日香、ありがとう。最後の命大事にするよ」
「晃市悟君、別に君を責めるつもりはないが、君には屋良君の最期が見えていたんだろう。何で止めなかった?」
酒井鬼庭さんは怒りっぽく尋ねた。
「すいません。俺も努力しました。でもやっぱり未来は変えられませんでした。それと…」
僕は言葉を止めた。
「それと?」
「ちょっとわからないことがあるんです」
「なんだね?」
「あの事故で俺も死んだなら、なんで俺自身の最期は見えなかったんですか?」
「そのことについては僕から話してあ・げ・る」
隣のベットから気持ち悪い声をあげながらカーテンを開けてきた。
「やあ、久しぶり。晃悟ちゃん」
「ああ、そっちも元気そうで何よりだ」
変態め。あのまま灰になればよかったのに
「まあまあ。そんな怖い顔しないで。僕たちの能力の欠点教えてあ・げ・る・か・ら」
イラつく心がそのまま顔に出てしまった。
「どういうこと? 屋良ちゃん」
嫌がっている俺をよそに明日香が尋ねた。
「うん、実はね。僕達は自分の能力を自分には使えないんだ。つまり僕の場合、すべての物、空間も含めて透明にできるけど、僕だけっていうのはできないんだ。僕を消す場合、僕の周りの空間もまとめて消さなくちゃならない。
明日香ちゃんの場合、自分以外のすべての物を復活できる。つまり、明日香ちゃんだけ命が一つしかないってこと。
そして、晃悟ちゃんは自分以外のすべての物の最期を見ることができるってわけ。だけど自分はいつ死ぬのかはわからない」
「なるほど。つまりそれぞれの能力は自分が使えたとしても自分自身には使えないってことか」
酒井鬼庭さんは納得したように、馬鹿な俺にわかりやすく話してくれた。
「そゆこと」
俺は少し不安になった。
俺だけはいつ死ぬのか誰にもわからない。もしかしたらもうあと何年も生きられないかもしれない。せめて、この人たちとずっと一緒にいたい。そんなことを思っていると、屋良が俺の顔を覗いてきた。
「あ…」
僕の頭の中を最悪の展開がよぎった。
「明日香、酒井鬼庭さん。ちょっと二人だけにさせてもらって構いませんか?」
俺は何としてもいい人生を屋良にあげたかった。
俺には見えてしまった。屋良の新しい最期が。それは悲しくて、果てしない、叶わない夢だった。
屋良は半年後に、肝臓癌になって、死去。それまで何度か治療を続けたが、あまり成果を得られず。肝臓移植のドナーを待っている間にこの病院で死去。
「なあ、屋良。お前は二年後に肝臓癌で死亡する。たぶんもう癌が見つかってるはずだ。急いで検査してもらえ。それと……」
「え……いいの?」
「ああ、俺の言うとおりにしてくれ。きっと、鬼庭さんや、明日香も協力してくれるはずだ」
俺は何としても屋良を助けたかった。俺はこいつに最後の希望をかけた。必ず人の未来を変えてあげようと思った。最後ぐらいいい人生をあげたかった。
だが、それは永遠にかなわないのだろうか?
俺は心の隅にそんな気持ちを宿した。
「確かに肝臓に、黒いものがあるな。しかもかなり大きいです。もしかしたら一年ももたないかもしれません」
内科医が屋良の肝臓のMRI見てため息をついた。
「ここまで大きくなってしまっては、肝臓をすべて摘出しなければなりません。また、その周りにも少し癌が回っています。その辺も取り除かなくては……」
「先生、どうすればいいんですか?」
明日香は、心配そうに言った。
「おい、鶴見さん!」
酒井鬼庭さんも心から心配をしていた。
俺は一人、屋良がもう救えないのを知っている。辛い。苦しい。息ができない。明日香と酒井鬼庭さんの顔を見てると、とてもじゃないけど、酸素が口に入っていかない。彼らの眼差しはマグマのように熱く屋良を守っていた。
「肝臓移植しか残っていないかと」
鶴見医師は、それを言うのが精いっぱいだった。おそらく彼も屋良が救えないのが分かったのだろう。しかし彼は、俺なんかと違って最後の望みに懸けていた。まだ、目が明日香たちと一緒で諦めていなかった。
「よし、わかった。手術代はいくらでも出す。それで、ドナーはすぐ見つかるのか?」
「さ、酒井鬼庭さん。僕のためにそんなことしなくていいんですよ。僕なんかがあなたたちに迷惑をかけるわけにはいかない。僕はたとえドナーが見つかったとして、手術に成功したとしても、あんまり長生きはできません。そんな僕のために大金をかけるのは……。
僕はもう明日香ちゃんに一回蘇らせてもらっただけで嬉しかったです。それで次の人生が長く続くかどうかは誰にもわかりません。それが自分の運命なんだと諦めるしかありません。
だから、もういいんです。もう、死ぬ勇気はできました。もう、悔いはありません」
屋良は自分の姿を見て弱っていた。自分の命がもう残りわずかと知っていて、もう悲しんではいなかった。
「おい、屋良! 諦めるな。まだ希望はある。それまで頑張るんだ!」
それが俺の口から出た最後の望みを賭けた言葉だった。
それからのドナーを待つ間はずっと屋良が行きたいところに連れて行ったり、話したいという言葉を本などを買って教えたりと、とにかく最後の思い出を作ろうと努めた。
最後ぐらい楽な気持ちで死なせてあげようと思うようになった。