夜叉(ヤシャ)4
遅くなりました!!
すると、馬頭は掴まれていない方の腕で、鏡面に拳を突き立てた。
ーーパリン
それは容易く割れて、行く筋ものヒビが入る。
その筋に、僅かに馬頭の血が流れていた。
「馬頭さん……!」
拳から出血しているのにも関わらず、馬頭は何やらボソボソと呟いている。
「おっと」
牛頭はそれを聞くや否や、馬頭の腕を離し、踵を返して私に覆い被さった。
「な……」
ーーバリン!
何かが砕けるような、大きい音と衝撃波。
ややあって、恐る恐る牛頭の肩口から様子を覗き見ると、洗面台の鏡は無残に割れ、ほとんどが吹き飛んでいた。
「沙羅、怪我はない?」
「う、うん。
え…………牛頭……?」
牛頭の背中には細かいガラス片が幾つも刺さり、所々血が流れている。
「牛頭!
背中が!!」
「ふふ、大丈夫だよ。
それよりガラス片が落ちていて危ないから、ちょっと抱えるね」
ふわりと体が浮いて、脱衣所の外に連れ出された。
「手当を……」
牛頭を見上げると、その瞳とばっちりぶつかった。
「そんなに僕が心配?
ふふ、嬉しいね」
その淡い色の美麗な瞳は、溶けるように……甘い。
「っ……!」
ドクリ、と心臓が動いた。
ダメ、なのに……
どうして……目が離せない?
ドクリ
胸が締め付けられるように、苦しくなる。
私は…………
すると、玄関の方で何やら物音がした。
ーーカンカン
『ごめんくださいまし』
玄関の戸を叩く、女性の声だ。
その声を聞いて、牛頭は目を見開く。
「馬頭、やってくれたね……」
ーーカンカン
『ごめんくださいまし』
その声は鈴を転がしたように可愛らしい。
でも、この牛頭の焦り様は異常だ。
「沙羅、寝室に隠れていてくれるかな?」
「え?あ、うん」
しかし、それも遅く、玄関がガラガラと音を立てて開いた。
「ごめんくださいまし、牛頭様……」
玄関から顔を覗かせたのは、和風ゴスロリを着た女の子だった。
黒い長髪を腰の辺りでひとつに束ね、赤い着物スカートを着ている女性は、恐らく二十歳くらいだろうか。
真っ白な白粉に真っ赤な口紅、くりくりとした黒い瞳。
見た目のインパクトがすごく強い。




