夜叉(ヤシャ)2
胸の中に小さな嵐が起こったまま、身体を洗い流し、お風呂を出る。
――ガラガラ
お風呂から上がると、脱衣所にはまたバスタオルと新しい下着と新しい服が用意されていた。
バスタオルで身体を拭きながら、首を傾げる。
昨日の牛頭に服を買いに行く暇なんて、無かったと思う。
……それこそ、通販とかじゃないと無理だと思う。
そもそも、この世界に運送業なんてあるのだろうか。
…………全然想像できない。
どうやって準備しているのかは謎だけれど、普通に着ることにする。
下着は薄いピンク。
服は水色のワンピースと、5分袖の白いカーディガン。
やっぱりデザインは女の子らしくふりふりしていて、牛頭の好みが良くわかる。
これを着たら、実年齢より幼く見えそうだ。
早く、制服返してくれないかな。
そう思いながらワンピースに袖を通し、今日も髪を三つ編みに結っていく。
鏡に映る自分を見て、ふと思った。
……そういえば私、どうしていつも三つ編みにしてるんだっけ?
習慣だから、つい三つ編みにしているけれど…………
思い出そうとしても、頭の中に白い靄が立ち込めて、思い出せない。
……解らない。
やっぱり、自分の記憶が失われていることを痛感する。
ここに来た最初の夜にメールを打った相手も、今となっては誰だか分からない。
でも、ひとつだけよく分かった。
私は、心の奥底から帰りたいと願っている。
それは、この世界が怖いからじゃない。
胸の奥に焼き付く嵐が、そう叫んでいる。
強い望みがなければ、手にすることが出来ないという特別乗車券。
きっと、この胸の中の嵐の正体を思い浮かべれば、その特別乗車券を掴むことが出来ると思う。
その為には、牛頭のもつ蝶の標本を壊して、記憶そのものを取り返さないと……
気持ちがバラバラにならないように、しっかりしなきゃ。
三つ編みをキュッと編み終えて、気持ちを引き締めた。




