夜叉(ヤシャ)1
――チャポン
そのまま呆然とお風呂に入る。
私は、また記憶が無いうちに牛頭に襲われていた。
それなのに…………どうしてこんな気持ちになっているんだろう。
昨日みたいに怒りが湧かないのは…………どうして?
自分の気持ちが、分からない。
どこか呆れている気持ち
どこかやるせない気持ち
そして…………どこか牛頭に縋り付きたくなる気持ち
元の世界に帰りたい気持ちは強く持っているのに。
どうして…………牛頭の体温に、安らぎを感じてしまうのだろう。
どうして、もう少しだけ……と思ってしまったのだろう。
牛頭は人間じゃないのに、ここはバケモノが跋扈している怖い世界なのに。
あんなに強い瞳で好きだと言われたから?
私は………………
身体を洗いながら、白い肌に赤黒く浮かんでいる噛み跡やキスマークが目に付いた。
普段あんなに飄々としている牛頭が、こんなに激しく私に執着しているなんて。
一体、私が意識を失っているうちに、どんな風に牛頭は…………
想像するだけで、ぞくりとした。
あの麗しい髪を揺らして、あの長身で、あの長細い指で、あの淡い色の瞳で、あの薄い唇で、あんな大怪我を負わせた私に…………
一体どんな想いで…………
名状しがたい気持ちが胸に迫る。
牛頭のことを、知りたい…………
いけないことなのに、人外の牛頭のことを気になり始めてしまっている。
その時、唐突にも左手にツキンと細い痛みが走った。
っ…………!
妙な痛みに顔を顰め、左手を見る。
手首に違和感があって、自然とフォーカスが合った。
え………………?
手首が…………なんで…………?
頭を殴られたような衝撃を受けて、一気に青ざめる。
私の左手首には、薄い線がいくつも走っていた。
これ…………って…………
見れば見るほど恐ろしくて、鼓動が早くなる。
う……嘘、でしょ……?
いくつも走る薄い線は、傷跡のように見えた。
最近ついたものでは無い、古い傷跡。
まるで……………………リストカット痕だ。
どうして、こんな傷が…………?
少なくとも、ここ二、三日で出来たものでは無さそうだ。
恐らく、元の世界で…………
記憶が無いせいで全く心当たりはないけれど、その傷を見ているとどうしてだか胸の奥が焼けつくように痛くなる。
そして、どうしてだか、元の世界に帰りたいと強く思った。
その傷が、私に忘れるなと言っているような気がする。
胸を焼き尽くすような想いが自然と込み上げて来て、正体不明の涙が溢れそうになっていた。
お盆休暇中につき、更新遅くてごめんなさい。




