馬頭(メズ)11
「どうしたの?大丈夫?」
くすくす笑う牛頭を横目に、お茶碗を片付ける。
「本当に無理だからね!」
「恥ずかしいの?
昨夜みたいに、記憶が無い方がいい?」
「それも嫌!
というか、怪我人でしょ!
お願いだから安静にしていてよ」
「沙羅が暴れないで協力してくれるなら、僕としても助かるなぁ」
「変態っ!」
牛頭はにこっと笑った。
いちいち綺麗なのも困る。
それから夕食の片付けや、散らばったものの整理整頓をしているうちに、かなりこの家に馴染みつつあることに気づく。
普通に生活出来てしまっている。
もし……このまま流されてしまったら、私は…………
洗面台でパジャマに着替えていると、また鏡面が揺れた。
「沙羅ちゃん……沙羅ちゃん……」
「……馬頭さん?」
「夜叉が伽藍湖に落としたんですってね。
あの子ったら、本当にごめんねぇ。
きつくお仕置きしたわ」
「いえ、びっくりしましたけど、とりあえずは大丈夫です」
「そう……優しいのね。
そうそう、あの湖はまた使うことになるから覚えておいてね。
あれは禊に使われる湖なのよ。
黒くなった水は牛頭の穢れの色。
この世界から脱出する前に、必ずもう一度あの湖に入ってから出てね」
穢れを流す湖……
そうだったんだ。
「あの湖に入らないで元の世界に帰ろうとすると、どうなるんですか?」
「ヨモツヘグイと牛頭の穢れを祓わないで、元の世界に戻ろうとしたら霊鬼になるわ」
「ひっ……!」
あれは、そういうモノなの!?元人間?
馬頭はニィっと笑った。
「そうよ、世界を渡るには手続きがとても重要なの。
あら、牛頭に気づかれそうだわ。
じゃあ、またね、うまくやるのよ」
馬頭が鏡の中から消えた瞬間に、牛頭が洗面台の扉を開けた。
「沙羅、今、何か話していたね?
馬頭の話は聞かないでね」
「う、うん……」
よく分からないけれど、とりあえず頷いておいた。
心臓はドキドキしていた。
悪いことを隠す子供の気持ちだった。




