馬頭(メズ)9
牛頭に手を引かれて連れられたのは、木製の祠のような場所の前だった。
「ここは近道ができるところなんだ。
いいかい、ここで目を瞑って」
「う、うん」
牛頭と手を繋いだまま、言われた通り目を瞑る。
「目を開けて」
パチッと目を開けると、牛頭の家の玄関前だった。
「え!?
ワープ!?」
本当に一瞬だった。
場所を移動した実感もない。
全く気づかなかった。
「ふふ、便利でしょ?」
ウインクする牛頭に、呆然と口を開ける私。
「……やっぱり、人間じゃな…………ケホッ」
喉の乾燥が凄い。
「早くお水を飲まないとね」
――ガラガラ
玄関を開けて、家に上がった。
靴を脱いで、そのまま一直線にダイニングキッチンへ向かう。
「すぐ出すね」
牛頭はすぐにグラスに水を注ぐと、私に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ケホッ」
咳をしながらもグラスを受け取り、一気に傾ける。
――ゴクッゴクッ
「ぷはー!」
カラカラだった喉が潤って、落ち着いた。
「ありがとう」
そう言ってほっと一息つくと、この家の中が少し荒れていることに気づいた。
開け放たれた寝室のドア
何かがぶつかったのか乱雑な配置の机と椅子
廊下に脱ぎ捨てられた服
散らばる救急箱の中身
多分、御神酒を浴びた牛頭が、痛みにのたうち回ったのだろう、暴れたような跡がある。
胸がズキンと痛くなった。
間違いなく、これは激痛だ。
「牛頭、ごめんなさい。
御神酒を掛けて大怪我をさせてしまって。
腕、痛いよね?」
すると、牛頭は眉を下げてにっこりと笑う。
「ふふ、こんなの可愛いものだよ。
それに、馬頭に唆されてやったことだから、沙羅は悪くないよ。
ただ、しばらくはお風呂に入れないことが問題かな。
だから…………体を拭いてくれると助かるんだけどなぁ」
ちらりとこちらの様子を伺う牛頭と目が合った。
有無を言わさぬ無言の圧力を感じる。
確かに、大怪我を負わせた私はそれを手伝うべきだろう。
「あ…………はい。
お手伝いします」
しかし、気づけばもう夕方。
日が落ちるとバケモノが出るから、絶対に外には出られない。
つまり、必然的に牛頭の家に泊まることが確定してしまっている。
また、同じ部屋で寝るんだよね………………
そこで体を拭くとか、ちょっと危険すぎる気がする。
昨日襲われたばかりで、警戒心はかなりある。
また、あんなことにはなりたくはない。
牛頭が大怪我してるとはいえ…………襲われないように何か考えなきゃ……




