馬頭(メズ)3
唐突に話を向けられた夜叉は、まっすぐに馬頭を見つめた。
黒かと思っていたけれど、その瞳の色は青みが混じった瑠璃色で、どこか切なげな光が宿っている。
「俺は、馬頭様しか目に入りませんので」
そう言う夜叉を、馬頭は揶揄するように詰った。
「あらあら、それは面白くないわね、夜叉。
この子は私のお客様だというのに」
白い手が伸ばされて、柔らかな感触に包まれる。
気づいたら、私は馬頭に抱き寄せられていた。
上品な香水が香って、クラクラしてくる。
豊満な胸が顔に当たって、女性同士なのになんだか恥ずかしい。
すると、夜叉の表情が一気に曇った。
また、鋭く睨まれている。
「うふふ、可愛いわねぇ」
なんだがさっきから、振り回されっぱなしだ。
このままじゃ、全然話が進まない。
「め、馬頭さん!
お話の続きをお願いします。
どうしたら、私は帰れるんですか?」
「ああ、そうだったわね」
背中に回っていた腕がぱっと離れると、馬頭は何事も無かったかのように、優美な様子でティーカップを持って傾けた。
「夜叉、貴方もそこに座って聞いていなさい。
これはとっても珍しいケースなのだから」
「わかりました」
L字のソファの短辺の部分を指し示された、夜叉は言われた通りに腰を下ろす。
そのチャラそうな見た目とは裏腹に、だんだんと忠犬に見えてきた。
「さて、沙羅ちゃん。
帰り方を教えるわ。
貴女が元の世界に帰るには、駅で特別乗車券を手に入れて、電車に乗れば帰れるの」
「……特別乗車券?」
頑是無い子供のように、言われた言葉をオウム返しにする。
「ええ、そうよ。
この特別乗車券はお金では買えないの。
強い望みがなければ、手にすることが出来ないわ。
沙羅ちゃんがどうして元の世界に帰りたいのかを思い浮かべて、手に取るの」
それは、簡単そうに聞こえるけれど。
「元の世界に帰りたい理由……って、この世界が怖いから帰りたいっていうのは理由になりませんか?」
「うふふ、沙羅ちゃん。
それを望んだら、また別の世界に飛ばされちゃうかもしれないわね。
それも楽しそうだけど、貴女の本当の望みではないはずよ」
確かに、それは怖すぎる。
「沙羅ちゃんはこの世界に来て、たくさんの記憶を失ったと思うの。
だけど、貴女は元の世界に帰りたいと願っていた。
その気持ちだけは、奪えないようになっているのよ。
貴女は、どうしてだか元の世界に帰りたい。
この世界が嫌だからとかじゃなくて、元の世界に貴女を繋ぎ止める何かがあるから、帰りたいはずなのよ。
でも、沙羅ちゃんは元の世界の記憶を失っているから、厄介だって訳なのよ」
「私が帰りたい理由…………」
そう言われて思い出そうとしてみたけれど、よく分からない。
家族や友達のことを、もう思い出せない。
どんな家で生活していたのかも、どんな人に囲まれて生きていたのかも、何も分からない。
好きな人とか、いたのかな。




