馬頭(メズ)2
綺麗な赤の玄関マットに、私の足が乗った時に初めて気づいた。
「あ………………裸足でごめんなさい」
裸足だったことに気づいて、申し訳なくなった。
「いいのよ、必死で逃げて来たんだもの。
これを使って頂戴」
出てきたのは、オシャレな花柄のスリッパ。
「ありがとうございます」
スリッパを履いて、家に上がった。
部屋の中は、アロマのようないい香りがする。
玄関ホールでは二階へ上がる階段を横目に、左手の部屋に通された。
「こちらにどうぞ」
部屋に入ると、和洋風のオシャレな雰囲気のリビングダイニングだった。
所々に木の飾り格子が組んであり、和モダンな感じがとても落ち着く。
「ここに座って、紅茶でいいかしら?」
リビングにはL字のソファがあり、長辺の一番奥のところに座るよう促される。
隣の対面キッチンでは、夜叉がお茶の準備をしているようだ。
「あ、はい。
ありがとうございます」
柔らかい布地のソファに座ると、馬頭は私のすぐ隣に座った。
「うふふ、大変だったわね。
沙羅ちゃんがどんな目に遭ったのかは知ってるわ。
可哀想に、あの牛頭に目を付けられるなんて。
私は牛頭の親族ではあるんだけど、あいつのことは本当に大嫌いなの。
だから、牛頭のお気に入りの沙羅ちゃんを、元の世界に帰してあげるわ」
やっぱり、牛頭の親族だったらしい。
それも、牛頭と因縁があって、私に協力してくれるというのは心強かった。
「ありがとうございます」
………………でも、どうしても、気になってしまうことがある。
「あの、御神酒をかけた後の牛頭は、どうなったんですか?」
「え?ああ……」
それを言った途端、馬頭の雰囲気が変わった。
その美しい目尻をつり上げて、黒く笑う。
「うふふ……あの姿は傑作だったわぁ。
牛頭はね、御神酒を被ると皮膚が溶け落ちるのよ。
酷い火傷を負ったような感じかしらね。
苦痛にのたうち回ってあちこちに身体をぶつけて悶え苦しんでいたわねぇ」
「え…………」
皮膚が溶け落ちる?
思っていたより、かなり酷い。
それってもう、大怪我の部類だと思う。
……私のせいで……
さも愉快げに笑う馬頭を横目に、胸が痛くなった。
「……そんなに酷い怪我なんですか?
治るんですか?」
「うふふ。
まぁ、あと一年は腕が溶けたままなんじゃないかしらね、自業自得よ。
沙羅ちゃんは、もっと恨んでもいいくらいだわ。
普通ならすぐに元の世界に帰れたのに、あいつのせいで帰る方法がとても面倒なことになってるんだから」
「そんな……」
一年も掛かる怪我って…………
牛頭にとんでもない大怪我をさせてしまった。
その事実が胸に刺さって、何も言えなくなる。
そんな最中、トレーを持った夜叉が、お茶を運んできた。
「うふふ、牛頭のことが気になるのかしら?」
馬頭はずいっとこちらに近づいて、私の頬をさらりと撫でる。
頬を撫でる癖まで、牛頭と一緒だ。
――カチャン
夜叉がティーカップを置いた音が、やけに大きく響いた。
え……?
夜叉からの刺すような視線が、私のこめかみを射抜く。
絶対に、私に嫉妬しているんだと思う。
「えっと……」
「沙羅ちゃんは可愛いわねぇ。
夜叉もそう思うでしょう?」
唐突に、馬頭は夜叉に話を向けた。




