牛頭(ゴズ)10
真昼の電車内は案外人が乗っていて、賑やかだった。
電車内はおじさんがお弁当を食べていたり、親子連れや浴衣姿のカップルが楽しそうに話していたり、ちょっとした観光列車のようにも見える。
昨日、私しか乗っていなかったあのがらんどうの電車と、随分様子が違う。
「次はきさらぎ駅、きさらぎ駅でございます。
お出口は左側です」
きさらぎ駅……
あの有名なきさらぎ駅だ。
最初の投稿者はこの駅に迷い込んで失踪している。
車窓からの景色は、風光明媚な街に見えた。
豊かな自然の中に、住宅街と屋台や出店のような商店街が立ち並び、その奥に大きな鳥居が立っている。
神社の後ろには、建物の陰になっていてよく見えないが、きらりと光る何か大きなモニュメントのようなものが見えた。
寂れた田舎という雰囲気のかたす駅と違って、少し活気のある印象を受ける。
「ご乗車ありがとうございました、きさらぎ駅、きさらぎ駅です。
お忘れ物にご注意ください」
――プシュー
ドアが開くと、ゾロゾロと人が降りていった。
かたす駅と同様に駅舎自体は古く、柱や梁は所々腐食しているようだ。
あれ、何だろう?
……例大祭?
その古い駅舎の壁に「例大祭」と書かれた大きなポスターが貼ってあるのが見えた。
こんな都市伝説の世界に、お祭りでもあるのだろうか。
「ドアが閉まります、ご注意ください」
――バタン
楽しそうにはしゃぐ人達が降りて、電車内は私の他に数人しか乗っていない。
急に静かになったかと思うと、電車がトンネルに入った。
この電車、また緩やかに下っている気がする。
少しずつ不安が出てくる。
あの女性はかなり怪しい存在だ。
鏡の中や夢の中に現れて会話したり、夢の中から御神酒を渡したりと、どんな手品でもあり得ないことをしている。
その行動は科学で説明がつかない、完璧なオカルトだった。
バケモノの仲間かは分からないけど、少なくとも人間ではないことは確実だと思う。
でも、それにあまり驚かなくなってきている自分が怖い。
「次はやみ駅、やみ駅でございます」
電車は地下に下っていく。
赤橙色のライトが、おどろおどろしい色彩を放って、不安を煽った。
この世界では考えて行動しないと、多分死ぬ。
オカルトが存在している時点で、死ぬことや消えることがこんなにも身近な世界だ。
しっかりしないと。
確か、牛頭に聞いたときは……
『僕を不幸にすることが趣味みたいな奴でね。
きっと沙羅にちょっかいを掛けて、惑わせようとしているんだよ』
惑わせようとしてる?
目的は、牛頭への嫌がらせ?
だったら……私は……
本当に帰してもらえる可能性もあるけれど、見せしめのように殺される可能性も十分にある。
上手く話をつけないと……死ぬ。
それを理解して、全身に恐怖が駆け巡った。
「やみ駅、やみ駅に止まります。
お忘れ物にご注意ください」
そのアナウンスに、心臓がきゅうっと縮こまる。
電車は少しずつ減速し、やみ駅のホームが見えてきた。
どうやら、やみ駅は地下の駅らしい。
震えそうになる手で鞄を握りしめて、ドアの前に立つ。
薄明かり照明がぼんやり灯る駅は、少し怖いけれどどこか幻想的でもあった。
電車が完全に停車し、ドアが開いた。
――プシュー
「やみ駅でございます。
お忘れ物にご注意ください」
夢のとおり、やみ駅は2駅目に存在していた。




