牛頭(ゴズ)9
家の前から駆け出す瞬間、家の中から苦痛にもがき苦しむ声と共に、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……ら……沙羅……っ、沙羅……!」
何度も何度も、苦しそうに。
ごめんなさい。
罪悪感に取り憑かれながらも走る。
ごめんなさい。
あのにこりと笑った顔が、胸に迫る。
ごめんなさい。
私はここでは暮らせない。
絶対に、元の世界に帰りたい。
真昼間の道は、普通に人通りがあった。
この人達は、話したら消えるのだろうか……
その人達を避けながら夢中で走り、気が付けば駅に着いていた。
駅員さんもちゃんといる。
「あの!やみ駅に行きたいんですけど!」
「はい、やみ駅ですね。
10円です。
もうそろそろ下りホームに来ますよ」
「あ、はい!
ありがとうございます!」
私は10円を支払い、改札を抜けて下りホームに行った。
それと同時に電車が警笛を上げてホームに入ってくる。
後ろを振り向いても、牛頭はいなかった。
ほっとするけれど、不安にもなる。
大丈夫だったかな。
焼け焦げたような臭いがしていたし、煙が上がっていた。
あの感じだと、恐らく皮膚が焼けたんだと思う。
でも、なんで御神酒で皮膚が焼けるんだろう。
私の手にも御神酒の飛沫が少し付いたけど、特に焼け焦げることなんて無かった。
牛頭だけに、効くのかな?
酷いアレルギーで、硫酸みたいに皮膚が焼けたり溶けたりするのかもしれない。
牛頭に命を助けてもらったのに……私は………………
電車が停車し、ドアが開く。
「かたす駅、かたす駅でございます」
数名の人が降りていった。
そして、ホームで待っていた乗車客と一緒に、電車に乗り込む。
私が前乗っていた電車とは、雰囲気が違う。
普通の電車と変わらない様子だった。
後味の悪い気持ちが、ずっと胸にこびりついている。
私を好きだと、可愛いと言って嬉しそうに目を細めていた、綺麗な男の人。
確かに襲われたことは今も許してないけれど、ご飯もお風呂も衣服も、色々と世話をしてくれたのは事実だ。
切なげな目の色も、その温かい手も、荒々しいキスも。
胸に迫る想いをすべてを壊して、逃げてきてしまった。




