牛頭(ゴズ)6
このまま流されるわけにはいかない。
私は絶対に元の世界に帰りたい。
「バケモノが出るんだよ?
こんな変な世界に住むとか、考えられないから!」
それでも、牛頭は余裕の笑みをたたえるだけ。
「僕と一緒にいれば襲われないから大丈夫だよ。
沙羅は、ここで暮らした方が幸せになれる。
僕は家事全般得意だし、これでもエリートだから、生活には困らないよ」
自信満々で話しているけれど、この世界にエリートとかあるのだろうか。
とにかく、無理。
「絶対に嫌です」
「即答は傷つくなぁ」
「元の世界に帰りたい。
家族だって、友達だって心配してるもの」
それを聞いた牛頭の顔色が変わった。
「……ふふ」
彼は目を伏せて、黒く笑う。
「沙羅は家族の名前、友達の名前、言える?」
意味ありげな雰囲気とは裏腹なその質問に、肩透かしを食らう。
「当たり前でしょ!
お母さんの名前は………………………………」
そこで、気づいてしまった。
「え……………………あ………………………………」
あ、有り得ない。
どうして、分からないの?
「家族構成は?
一番大切な思い出は?」
唇が震え、血の気が引いていく。
「えっ……………………分から……ない…………」
何一つ浮かんでは来ない。
「僕が沙羅って呼んでるから、名前はわかると思うけど、後は綺麗に忘れているはずだよ」
「………………………………っ!」
私は席を立って、寝室に行った。
名前を忘れてはいけない。
ノートにメモしたから、大丈夫な……はず。
そう思うのに、胸の中は心配で悲鳴を上げそうだった。




