牛頭(ゴズ)4
「ねぇ、あれ、なんだったの?」
キッチンダイニングの部屋に入り、牛頭に問いかける。
手を引いていた牛頭は振り返り、やけに真剣な目で私を見た。
その視線は上から下までなぞり、その瞳をぱっと輝かせる。
「うん、その服とても似合ってるね。
すごく可愛いよ」
ストレートの長い黒髪を爽やか揺らしてニコッと笑う牛頭は、心底満足そうにしていた。
「ねぇ、そうじゃなくて!
鏡の中に女の人が!」
「え?ああ、そうだったね。
あれに話しかけられても無視して欲しい。
僕を不幸にすることが趣味みたいな奴でね。
きっと沙羅にちょっかいを掛けて、惑わせようとしているんだよ」
「え?知り合いなの?
鏡の中から話しかけてくるなんて、バケモノの仲間じゃないの?
………………って、ちょっと!」
真面目なことを話しているのに、さり気なく牛頭は私の三つ編みを触って弄んでいる。
髪を触られるのに慣れていなくて、緊張から硬直してしまう。
「ふふ、思った通りすごく可愛い」
与えられた服を着ている私を見て、牛頭はその端正な顔を綻ばせた。
そんな甘すぎる雰囲気に、気後れしてしまう。
大人の男の人に甘やかされるって、こんな感じなのかもしれない。
「そうじゃなくて!
私、バケモノの話とか、この町のこととか、色々聞きたいんだけど……!」
牛頭はスラリとした長身に似合うシャツとカーディガンを着て、スラックスを履いていた。
この昭和風家屋に似合わないスタイリッシュな印象だ。
唐突に大きな手が両頬に添えられて、上を向かされる。
その透き通った双眸と至近距離で目が合った。
「っ!」
またキスされると思って、身体を固くしてしまう。
「あれ、顔色が悪いね。
やっぱり食事を抜いたからだね。
ほら、ご飯作ったから食べて」
牛頭は椅子を引き、私を座らせた。
その温もりが離れて、ほっとする。
そもそも男性への免疫はゼロなので、いちいちドキドキさせないでもらいたい。
牛頭はキッチン台に行くと、既に出来上がっていた料理をダイニングテーブルに並べた。
「ほら、胃に優しい和食だよ。
しっかり食べてね」
食卓には美味しそうな和食が並んでいる。
ぐうぅ。
すると、お腹が大きく鳴った。
昨日の昼から食べてないから、さすがにお腹が空いている。
「でも……」
「沙羅、ヨモツヘグイは一度したら何度しても変わらないよ。
だから、諦めて普通に食べて」
「……ヨモツへグイって?」
「あれ?
知ってて食べないのかと思ったけど、違うんだ。
そうだね……ヨモツへグイは、別の世界の食べ物を食べることだよ。
昨日僕が食べさせたから、もう何を食べても変わらないってことさ」
「……ねぇ、やっぱり食べたら帰れないの?」
「さぁ、どうだろうね。
ひとつ言えるのは、食べないと衰弱死するってことくらいかな。
ほら、温かいうちにお食べ」
さっきから上手く躱されてような気はするけど、確かに食べなければ弱るのは当たり前だ。
それに体力がなければ、バケモノに襲われた時に逃げられなくて死ぬ。
食欲は限界に来ていたので、理性はあっさり負けた。
「いただきます」
この美味しそうな和食を目にして、食べない選択肢はとっくに失われていた。




