異世界の住人8
――ガラガラ
横にスライドする引き戸の玄関を開けて、男性は家の電気を付ける。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
なんか………………いい匂い。
ふわりと、高貴な感じの香りが鼻腔を擽る。
「1人暮らしだから、散らかってるけど」
ひとり暮らし……なんだ。
本当についてきてしまって大丈夫だったのかな。
少し不安になりながらも、靴を脱いで玄関に上がった。
靴箱が設えてある和風の玄関は、それなりに年季は入っているものの、余計なものは何も無くさっぱりしている印象を受けた。
正面に伸びる廊下があり、左手にドアが2つ並んでいる。
男性は再び私の手を取り、エスコートするように廊下の奥のドアを開けた。
その先は、キッチンダイニングだった。
左壁に窓のついているキッチンがあり、中央にテーブルセット、右奥に木の引き戸がある。
作りは古いけれど、ひとり暮らしの男性にしてはかなり綺麗にしていると思う。
「疲れたでしょ、そこに座って」
角が取れた正方形のダイニングテーブルに、木のダイニングチェアが二脚あり、そこに座るよう促された。
「ありがとうございます」
鞄を置いてもらい、椅子に腰掛ける。
「お腹は空いてる?
簡単なものならすぐ作れるけど……」
「あ……!」
食べ物や飲み物を口にしてはいけない。
このタブーがあったことを思い出した。
「あの、大丈夫です。
食べ物や飲み物を摂ると、元の世界に戻れなくなってしまうので!」
すると、長髪の男性は眉を顰めた。
「……そうなの?
僕だけが食べる感じになるのは、少し気が引けるなぁ」
「本当に大丈夫ですから!」
「そっか…………じゃあさ、僕が食事をしている間に、お風呂に入ってくれないかな。
その間にお客用の布団も準備しておきたいし」
「色々と面倒を見てもらって、ありがとうございます。
あの、他に何かお手伝い出来ることがあったら、何でも言ってください」
「ふふ、気を使わなくて大丈夫だよ。
お客さんなんだから、ゆっくり休んでね。
じゃあお風呂を入れてくるから、ちょっと座って待ってて」
そう言うと、男性はダイニングから出て行った。
1人になって、緊張が少し解ける。
色々と気を回してくれる、いい人のようだ。
でもここは都市伝説の世界。
念の為に…………ちょっと探索してみようかな。
席を立って、キッチンを見てみる。
コンロにはお味噌汁の鍋があり、左側に食器棚、右側に冷蔵庫や炊飯器などがある。
これがホラーの世界だったら、冷蔵庫に恐ろしい物が入ってたりするんだろうけど……
冷蔵庫の前に立った。
ひとり暮らし用の、少し小さめの冷蔵庫だ。
開けてみようかな。
そっと冷蔵庫を開く。
「・・・」
お豆腐と、味噌と、ネギと、調味料、魚とお肉、牛乳なんかが入っている。
……なんだ、良かった。
普通の冷蔵庫であることに、安堵した。
ついでに冷凍庫も見ておこうかな。
そう思い、冷凍庫の引き出しに手をかけた時だった。
「…………やっぱり、お腹が空いているの?」
「ひっ!」
真後ろから低い声が降ってきて、飛び上がった。
ドアが開いた気配なんて………………無かったのに。




