異世界の住人7
嫌でも考えてしまう。
あれが暗闇から這いずってくるイメージしか浮かばない。
無数の手足で這いずる醜悪な見た目と、鋭い歯が覗く大きな口……
「それじゃあ、手を繋いで歩こうか。
目線はできるだけ、僕の方を見ているといいよ」
右手に私の鞄を持つ長髪の男性は、左手のひらを差し出した。
にっこりと笑顔を向ける優しげな雰囲気に、少しだけ心が和む。
「は……はい」
何の躊躇いもなく、自分の右手を差し出した。
度重なる恐怖体験で発狂しそうな私にとって、それはありがたい申し出だった。
手のひらから冷たい指先まで、その温かな大きな手に包まれてほっとする。
この人がバケモノの仲間だったらどうしようと、一抹の不安があったけれど、それが嘘のように吹っ飛んでいった。
こんなに温かいのだがら、お化けや妖怪であるはずがない。
この人は、人間だ。
「さぁ、こっちだよ」
その安心感から、ようやく歩けるようになった。
こんな極限状態だと、男性と手を繋ぐ恥ずかしさとか、そんなものはすっ飛んでいくのだと分かった。
恋愛経験ゼロで男性に全く免疫のない私でも、この状況下では緊張より安心の方が勝っている。
そして、言われた通りに男性の整った顔を見ていることにした。
見れば見るほど、綺麗な顔…………
「かたすはほとんど山と川でね、一応ここが駅前通りになるんだけど、小さな商店が僅かに軒を連ねるだけの寂れた小さな町なんだ。
このとおりの田舎で、夜は危険だからみんな早くに寝るんだけど…………」
歩きながら、男性は気を紛らわすために色々と話してくれている。
私はなるべくそれに集中していたけれど、どこかで霊鬼のことを意識してしまっていた。
あれ…………?
その時、ふと頭の中に違和感が掠めた。
何となく、さっきの話、引っかかる気がする…………
「難しい顔して、どうかしたの?」
言うべきか否か逡巡するけれど、信頼するためには明らかするべきかも知れない。
「えっと…………地元の人は早くに寝静まる夜に、なんであの駅に居たのかなって…………」
夜にかたす駅に居た男性の行動と、夜は危険だからみんな早く寝るという男性の情報に、矛盾を感じた。
「ああ…………そのこと」
その黒髪の紗から覗く淡い色の瞳は、少しも揺れることはない。
「ひとつ隣のきさらぎ駅にちょっと用事があったんだ。
下りホームで電車を待っていたら、上りホームに具合の悪そうな君を見つけて、様子を見に行ったってわけだよ」
「…………そうだったんですか、ありがとうございます。
本当に助かりました」
霊鬼が跋扈していても、行くほどの用事…………
でも、その割には私のことを優先してくれた。
普通にいい人なのか、それとも………………………
念の為、歩いている道順だけは覚えておく。
私達は、駅前通りを左に3区画進んで右折し、2区画進んだところで長髪の男性は歩みを止めた。
「ここが僕の家だよ」
昭和な雰囲気のある小さな平屋の一戸建てだ。
玄関の横には、家紋のような印が入った提灯が下がっている。
提灯が下がっている家は無かったから、結構目印になりそうだ。
そして、古びた木の門の表札は「牛頭」と書いてあった。
なんて読むんだろ?
ぎゅうとうさん?




