異世界の住人5
秋の冷たい風がホームを吹き抜ける。
月を背負ったような玲々たる美貌の男性は、恐らく二十代半ばかそれ以上くらいだろうか。
黙して立っているだけでも、凛とした風情がある。
「……それで、君はこれからどうするつもりなの?」
「えっと……上り列車を待とうかと……」
すると会話を遮るように、何処からか奇妙な鳴き声がした。
――ヒョォーヒョォー
嫌に耳に残る、おどろおどろしい鳴き声。
「何……この声……」
気づいたら、口に出していた。
耳にじっとりと残るほどに気持ちの悪い鳴き声。
生理的な不快感を煽る響き。
長髪の男性は、眉を顰めて山の方をじっと見ていた。
「まずい、この声は鵺だ」
「え……?」
「危険な獣だよ。
あれは霊鬼より遥かに危険だ。
自分から逃げてくれるような、生易しいものじゃない。
ここ10年くらいは来てなかったのに……」
「そんな……」
――ヒョォーヒョォー
不気味な声は、さっきよりも近くなった。
耳を塞ぎたくなる不快感に、足元がぐらぐらしているかのような錯覚を起こしかける。
「このまま屋外にいたら、見つかって食い殺される。
行くところがないのなら、僕の家に来る?
あいつらが近づけないように、結界が張ってあるから安全だよ。
勿論、嫌だったら断ってくれて構わない」
もはや選択肢は一択だった。
「お願いします……連れていってください」
姿は見えずとも、鵺という獣がどれだけ危険なのかは肌で分かる。
さっきから、殺される予感が全身を駆け巡っているのだ。
既に精神は酷く疲弊していて、一人で電車に乗ることも一人で宿を探すのも不可能だと感じていた。
度重なる怪異との遭遇に、もう立っているのもやっとだ。
ここで見放されたら、何もできずにバケモノたちに食い殺されるのを待つくらいしかできない。
私の答えに、長髪の男性はその涼しげな目をすっと細めた。
「いいよ。
それじゃあ、行こうか」
いつの間にか私の鞄を持ってくれていた。
こんなバケモノだらけの都市伝説の世界に迷い込んでしまったけれど、私は運が良かったのかもしれない。
この地の住人に助けてもらえるのは、とても心強かった。
「はい」
私は肩に掛けていたコートに袖を通し、その後に続いた。




