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また勇者が転生してきたけど、もう魔王はいない。  作者: 美木 紀宏
第一章 また勇者が転生してきたけど、もう魔王はいない。
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6. 真面目さを人に突きつけるのは正義とは言えないよ。

 巨大翔空艦前方最上階にある、玉座の間兼コックピット。まるで透明の球体を四分の一にカットしたような広々とした部屋。赤いカーペットの床と後ろ側の大扉と赤い壁以外、銀の骨組みと強化ガラスで覆われている。右側から夕日が射し込んでいるが、ガラスが一部遮断しているのか眩しくはない。


「うわぁ……」


 窓際を埋めるように無数のボタンやモニターのある席が並んでいるが、誰も座っていない。電子機器に囲まれるように、中央の壇上には回転式の玉座がある。そこに金髪ロングパーマで肌がこんがり焼けた若い王が、軽くて頑丈そうな銀色の鎧を着て座っている。その隣には側近の白髪白髭(しらがしろひげ)の男性が、えんじ色の服に分厚い本を脇に抱えて立っている。


「おっすバルク! よく来たな!」

「お久しぶりです。アルクラント王」


 速やかにバルクは中央の段差手前に行き、片膝をついて目線を床にやった。サヤもとっさに真似して横に並んだ。


「構わんぞ。楽に話せ」

「はっ!」


 バルクが立ち上がったのを見て、サヤも立った。


「どうだ? ラベラタの近況は?」

「比較的平和です。治安維持はほぼ万全です」

「そうか。近辺の町はどうだ?」

「町により貧富の差が歴然としてます。差が大きいところほど、犯罪が多いと感じます」

「ほう、それはなぜだ?」

「あくまで個人的な見解ですが、犯罪者の心理として、働いて稼げる金が少ないのも原因の一つと思われます。働いて(わず)かな収入を得るより、他人から奪う方が効率的と考えるのかもしれません」

「なるほど。ならば賃金の格差を埋め、真面目に働く方が効率的な稼ぎになると思わせなくてはならぬな。――エル。今以上にすべき政策はあるか?」

「お金の回りを良くしなくてはなりませんな。高所得層からの税金を増やし、脱税の罰則を強化しましょう。その中で、私産を貯め込まずに一定以上使う者には税金を緩和してはいかがでしょう?」

「ほう、面白い」

「税金が多く集まりましたら、国が低所得者の働く場を整備するために使います。例えば――……」

「――なんかさ、話しやすくてフランクな王様だね」


 サヤが小声でバルクへ言った。


「そうだな。アルクラント王は、まず一番に国民の暮らしを良くしようと考えるお方だ。俺の話でもこうしてしっかり聞いてくださる。母親の太后様が一般人だったからこそ、感じるものがあるんだろう」

「一般人と王子様の結婚ってこと? へぇ、ロマンチック!」


 サヤは小声で最大限のリアクションをした。


「……――その辺りの提案は、次の議会で挙げるとしよう」

「はっ」


 王と側近の話も終わったようだ。


「そしてバルク、そちらの客人は? 珍しい服を着ているな?」

「こいつはサヤと申しますが……タクミはまだでしょうか?」

「さすがに遅いな。エル、捜してくれ」

「かしこまりました」


 大臣が部屋から出て行った。


「……これで言いやすいか? あまり知られたくないのだろう?」


 扉が閉まるのを確認してから王が切り出した。


「は、はい。ありがとうございます」

「……まさか、転生人ではあるまいな?」

「えっ! どうして分かるんですか?」

「当たったか? ははははは!」

「は、ははは……」


 白い歯を出して豪快に笑う王に対し、バルクは愛想笑いをした。


「昨日、タクミが『金の魔力を感じた』と言っておったからな」

「そ、そうですか。しかし、疑わないんですか?」

「疑う? 何をだ?」

「ええっと……――」


 バルクが言葉に詰まると、王様は口角を上げてニッと笑った。


「国を治める者は、歴史を創る者と言っても過言ではない。過去から学んでばかりでは新しい物事に気付けず、未来を築くこともできぬ。常にアンテナを高く張り、目の前の現実を受け止めながら前進し続ける必要があるのだ」

「私も分かりますのよ! チャレンジをしないと何も始まらないですし、そんなのつまらないですもんね! おほほほほほ!」

「……」

(『おほほほほほ』じゃねェよ! 敬語がムチャクチャだろ!)

「……くくく、そういうことだ! 余は面白いな! ははははは!」

「おほほほほほ! 王様こそっ!」

「は、ははは。ふぅ……」

(アルクラント王が温厚な方で助かった)


 バルクはぎこちない笑みを浮かべながら、胸を撫で下ろした。


「『有なる者から無なる者へ、多大な有なる力が交わる時。神の力が宿り、真の勇者が降臨するであろう』――そんな古くからの伝承もある。勇者も国の長も、民の意志を集めて世界を見極め、勇気ある決断を重ねて成長していくのだ」

「『真勇者伝説』ですね」


 『真勇者伝説』――古くからリキュアに伝わる勇者の伝説。過去のどの人物が言い始めたのか定かではないが、転生人が現れる条件だと伝えられている。


「そしてバルク。他には変わったことはあるか?」

「ラベラタの裏山で、黒いオーラをまとう強い魔物が出ました」

「ほう、新種か?」

「新種、もしくは何者かの強化魔法である可能性もあります。大きさは通常のウルフと同じですが、比べものにならない素早さと凶暴性がありました」

「ふむ。各地に派遣している調査団からは、強い魔物が増えてきているという報告もある。その一部かも――」

「遅くなりました!」


 勢いよく大扉が開き、一人の青年と大臣が部屋に入ってきた。


「タクミ! 遅いぞ!」

「申し訳ありません王様! 木の上で寝てまして……」


 上下白に金の刺繍(ししゅう)が施されている高貴な服。表地が白で裏地が赤いマントがなびいている。爽やかなサラサラ黒髪に、あごの下にはぜい肉が――。


「……アルクラント王。これは何かのご冗談でしょうか? こんなに太った男は初対面ですが?」

「ひどいなバルク! ぼくだよ! タクミくんだよ!」


 風船のようなおなかの男はツッコミを入れた。


「バルク。信じがたいだろうが、そやつの言う通りだ」

「……失礼を承知で申し上げます。確かめてもよろしいでしょうか?」


 バルクは背中の大剣に手をかけながら質問した。


「構わんぞ」


 強化ガラスで覆われた玉座の間で、硬いもの同士がぶつかり合う音が響いた。バルクが抜刀斬りを浴びせたが、自称勇者は左腕に展開した金の小手で受け止めた。


「これで思い出したかい?」

「……久しぶりだな。タクミ」


 バルクが剣を(さや)に戻したのを確認し、タクミは金の小手を消した。


「まったく、最悪の再会だよ」

「最悪なのはおまえの太り方だ。どんだけ怠けたらそんな姿になるんだよ?」

「仕方ないだろ。テュラムが病気してから修行の相手がいないんだから」

「……何を言ってんだ? テュラムが倒れたからこそ、おまえがしっかりするべきだろ?」

「もう魔王はいないんだし、自分たちが平和にした世界なんだ。平和を満喫しないと損だろ?」


 バルクの顔がみるみるうちに鬼の形相へ変わり、タクミの胸ぐらを右手で掴んだ。


「貴様! 何ふぬけたこと言ってやがる! 世界じゃまだ苦しんでる人々がいる! 強い魔物も現れてる! その最中(さなか)に勇者が平和を満喫だと? ふざけんじゃねェぞ!」

「相変わらず真面目なのはいいけどさ、真面目さを人に突きつけるのは正義とは言えないよ。それに心配しなくても、この国には強い軍がいるから平気だよ」

「何が平気だ! 勇者がそんなんじゃ軍にも不安が広がる! 修行を怠るほど剣は鈍るんだぞ!」

「大丈夫。万が一の時は魔法があるさ」

「本気で言ってんのか? テュラムがどんな気持ちで剣を教えたのか、分かって言ってんのかよ!」


 バルク殴りかかろうと左手の拳を振り上げた。


「ちょっ、ちょっと二人とも――」

「バルク! 殴り合いまで許可しておらんぞ!」


 王の一喝に、バルクはタクミを突き返すように右手を放した。


「申し訳、ありません……」


 バルクの声は震え、怒りに満ちていた。


「タクミ。バルクが怒るのも無理はない。分かっているな?」

「……はい」

「よろしい。とにかく本題だ。そこのお嬢さん、名は何と申すか?」

室田(むろた)紗弥(さや)です」

「室田さんだからムロたんだね。その制服、日本の高校かな?」


 タクミは何の疑いもなくサヤに質問した。


「は、はい!……」

(む、ムロたん?)

「自分は浜中匠(はまなかたくみ)っていいます。今年で二十歳(はたち)です。よろしくムロたん」

「よろしくお願いします!」


 同じ境遇の人と話せて、サヤは少し安堵した表情を見せた。


「ほう。お主らは二人とも同じ世界から転生してきたのか?」

「はい! 日本っていう国です!」

「ふむ、偶然か必然か。興味深いな……」

「……」


 驚く王をよそに、バルクは無言で怒りを抑えるのがやっとだった。


「その日本という国では、全ての民が金の魔法を使えるのか?」

「自分はリキュアに来てから使えるようになりました。ムロたんもそうだよね?」

「は、はい。でも私は、どうやって使ったのか分からなくて。――タクミさん、どうすれば金の魔法が使えるの?」

「うーん……とにかくイメージかな?」

「イメージ?」

「そう! 勇者の魔法は詠唱がないんだけど、しっかりミョーンって念じるのが大切だよ! 出したい魔法を頭の中にバーンと思い描くんだ!」

「ええっと、どんな魔法を思い描くの?」

「例えばビーン!――って感じだね。さっきの盾はグワァン!――って感じかな」

「え、えっとぉ……」


 タクミは身ぶり手ぶりと擬音を混じえて力説してるが、サヤには伝わらない。


「悪いなサヤ。そいつバカだから語彙力(ごいりょく)足りねェんだよ」

「どういう意味だ! 語彙力(ごいりょく)足りないって何だよ!」

「そういう意味だよ」


 バルクは(きびす)を返し、扉に向かい始めた。


「どこへ行くのだバルク? まだ話の途中だろう?」

「申し訳ありませんアルクラント王。日が暮れる前にテュラム将軍のお見舞いに行く用がありますので、失礼させていただきます。――サヤ、終わったらさっきの部屋に戻れ」

「う、うん……」


 バルクはサヤの返事をちゃんと聞かず、大扉を開けて出ていった。エレベーターに向かって早歩きしながら、扉が閉まる音を聞いた。


「ふざけんな。勇者のくせに怠けてんじゃねェよ」

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