32. 自分の居場所を、守ろうとしただけだ!
「あれ?……キュロスト?」
転移魔法の真っ暗な視界が晴れると、サヤは似通った景色の二階にいた。
「町からは出てないさ。あんなにギャラリーがいたら戦いにくいだろう? バルクたちはアレーナの向こう側だよ」
少し離れた背後からジュリーが言った。心なしか、アレーナの方角から剣と剣がぶつかる音が聞こえる気がする。
「そんなことよりも勇者。アンタとアタイでどちらが上か、決めようじゃないか?」
ジュリーは杖を構えた。
「……」
「どうしたんだい? 早くミラーソードを浮かばせな」
「……きれい」
「は?」
「スラッてしてて、黒い服が似合ってて、大人の女性って感じで、憧れる」
勇者は冥闇の大魔導師へ尊敬のまなざしを向けている。
「……そ、そうかいそうかい! さすがは勇者、見る目があるねぇ!」
「メイクもすごい。どうやったらそんなにきれいになれるの?」
「フフフ、教えてやるさ。アタイに勝ったらね」
ジュリーは再び不敵な笑みを浮かべた。
「本当? やった! 絶対に教えてね?」
サヤは飛び跳ねるように喜び、背中から自分の前へ大剣を浮かばせた。
「余裕だねぇ? そんなに自信があるのかい?」
「んー、どうだろ? ワクワクはしてるかな? だって、世界一の魔女の魔法が見られるんだもん!」
ジュリーは突然、構えを解いて顔を伏せた。
「フフッ、ククク、アーッハッハッハ!」
「え? なになに?」
突然天を仰いで豪快に笑いだした魔女の変貌ぶりに、勇者は困惑した。
「やはりアタイの見込み通りだ。強い魔女の共通点とでも言うのかねぇ?」
「は、はぁ?」
「ククククク! ならその実力、見せてもらうよ!」
ジュリーがサヤの方に杖を掲げると、前方に巨大魔方陣が出現した。
「この世の全てを焼き払う地獄の黒炎よ! 障壁となるものを塵と化す砲撃を放ち、我が道を切り開らけ! ヘルフレイムカノン!」
ジュリーが詠唱を終えると、魔方陣の中央から巨大な黒炎砲がサヤへ目がけて発射された。
「きゃあー!」
ミラーソードを大きく上回る太さの黒炎に、とっさにサヤは金のバリアを展開した。
「――いきなり上級詠唱魔法とか、ジュリーさん容赦ないし」
「バリアが少し遅れましたが、サヤは大丈夫そうですわね」
ジュリーの魔力を察知したエックスとプラノが、様子を見に飛んできた。
「甘い!」
ヘルフレイムカノンを放つ魔方陣を空中に残したまま、ジュリーはサヤの背後に転移し、杖の魔石部分に息を吹きかけた。すると、赤い球体がプカプカと多数出現し、サヤに向かい始めた。
「きゃ! なにこれ!」
サヤは前方のバリアの手を休められず、背後にミラーソードを向かわせた。するとジュリーがニヤリと笑って後方に下がった。
「サヤ! それを割ってはいけませんわ!」
「え? きゃあああああー!」
ミラーソードが一つの赤い球体に触れた瞬間、連なるように大爆発を起こした。
「ヘルフレイムカノンを囮にして背後に回り、バブルボムでミラーソードを狙う。単なる奇襲に見えて、お手本のように的確なウェポンストライク。ジュリーさん容赦ないし」
辺りはバブルボム爆発後の煙に包まれた。少しずつ煙が晴れ、先にジュリーの姿が現れた。
「この小娘の学習能力は侮れない。技を覚える前に決めるはずだったんだけどねぇ……」
煙が晴れたがサヤの姿がない。心なしか、ジュリーは喜んでいるように見える。
「そ、そんなはず、ないし……」
「まさか、ウェポンストライクどころか、地獄の炎に焼き払われてしまったんですの?」
エックスとプラノは愕然とした。
「――ちょ、ちょっと二人とも! 勝手に殺さないでよね!」
「!」
二人が立つ後方からの声に振り返ると、サヤがミラーソードを握って立っていた。
「あれほどの爆発に、大剣を持って回避してるし!」
「どうやって回避したんですの?」
「えへへ、それはね――」
「迂闊だったさ。まさか空間転移を真似されるなんてねぇ?」
セリフとは裏腹に、ジュリーはほほ笑んでいる。
「空間転移?――ってかそれジュリーさんの、闇の上級魔法だし!」
「上級って何? 何かおいしいお肉みたいだね!」
「そ、それを言うなら高級ですわ」
強い相手と対峙しながらも、勇者は緊張感が欠けている。
「ククク、よくわかるさ。強い相手を目の前にして、気が逸るんだろう? 気持ちが高ぶりながらも、『負けるかもしれない』という不安を見せまいと、虚勢を張っているのさ」
「そ、そそ、そんなことないよっ!」
「図星だし……」
「アタイへ悟られないようにしても無駄さ。今まで何千、何万もの相手と戦ってきたからねぇ」
「そっ、そうだよね! 隠しても意味ないよね! 勇者だから胸を張らなきゃ!」
「アタイと良い勝負をする相手には共通点が二つある。一つはアタイとやり合えるほどの力の持ち主であること。もう一つは、アタイに物怖じせず挑み続けようとすることさっ!」
ジュリーが杖を下から上に振り上げると、足元から何本もの赤い火柱が連なって上がり、サヤに向かってきた。
「なにこれ! どうやってるの?」
そう言いつつも最初の火柱をかわすと、ジュリーは連続で杖を振り上げ、サヤを追い詰めにかかった。
「おおっと、はっ、よっと、はいっ!」
ジュリーは周囲を転移しながらいろいろな方角から火柱を上げたが、サヤは風魔法を駆使したステップで難なくかわしている。
「バブルボムにファイアピラー。ジュリーさん、あの杖がないと真似できない技を選んでいるし」
「あれ? この炎ってずっと残るの?」
「ククク、どこまで持つかねぇ?」
火柱が上がったままになり、サヤの逃げ場が減ってきた。
「ぬぬぬ、もっと見たかったけどしょうがない。――プリズムレイン!」
サヤは空に宝石のような物体を出現させ、ジュリーへ向けて数十本のレーザーが放たれた。
「……」
赤い火柱と、光のレーザーによる煙が辺りの視界を塞いだ。
「効いた……よね?」
「ククク! その程度かい!」
煙の中から声がすると、黒炎砲が再び飛んできた。
「き、効いてない! 闇は光に弱いから、少しくらい効果があってもいいはずなのに!」
「闇属性が光属性に弱い? アッハッハ! どこの異世界の話だい?」
「頭上に闇属性のバリアを出してレーザーを飲み込んだし」
気が付くと周囲の二階は、火柱でほぼ足場がないほどになった。エックスとプラノは宙に浮いて戦況を見つめている。
「ああもう! あとは空しかない!」
「光を滅する闇の力よ! 民が抱えし負の力よ! 敵を押し潰す重力空間となり、魔力を取り込み圧縮せよ! ダークホール!」
サヤが空に逃げるのを見越したように、ジュリーは空中へ黒い空間を生み出した。
「危なっ――って、何これ! 吸い寄せられる!」
サヤは闇の球体へ吸い込まれないよう風魔法で抵抗しているが、じわじわと引き寄せられている。
「無駄さ! その球は近くで魔力を放つ者を特に吸い込む! 空を飛ぶ以上は必ず風魔法がいるだろう?」
「くっ、ああ! やばいかも……」
「クックック、その球に取り込まれればミラーソードを操れなくなる。アタイの勝ちさ!」
「きゃああぁぁー!」
サヤは黒い球体の中へ取り込まれた。
―*―
「ハァ、ハァ……」
「はぁ、はぁ……ん?」
イルとの戦闘が続くバルクは、キュロストアレーナの方を見た。
「今、サヤの声がしたか? そういや、プラノやエックスもいねェような……」
「脇見厳禁!」
イルの両剣斬りを、バルクは再び受け止めた。
「へっ、どうしたライバル? スピードもパワーも落ちてんぞ?」
「……半信半疑。ここはリキュアで最も標高が高い町。なぜペースが落ちない?」
「理由はさっきも言っただろ」
「紙上談兵。他人を信じる力が、なぜ実在すると言える?」
「何でだろうな? 俺は故郷の人間から裏切り者扱いを受けたのに、ほぼ制圧されたも同然の村で一人戦い抜いた。おかげで『豪傑の剣神』とかいう二つ名までつけられた」
「正真正銘、それが孤独の強さ!」
「そんな見方もできる。――だが、俺は違う!」
バルクは大剣でイルを振り払い、居合の構えに入った。
「怒りに任せてモンスターを倒す中で、『俺は何のために戦ってるんだ?』って自問自答した!」
「っ!」
バルクはセカンドブーツの出力を交えながら、駆け抜け斬りをした。今までにないスピードにイルは不意を突かれたが、瞬時の判断で剣一本で受けた。
「答えは明白だ! 俺はただ!――」
再びバルクが駆け抜け斬りを仕掛けてきた。イルが握力の落ちたガードで防ぐと、またさらに駆け抜け斬りをされた。次々と重い斬撃が繰り出された。
「自分の居場所を、守ろうとしただけだ!」
重い斬撃の連続でふらついたイルを見逃さず、バルクは大剣を下から上に振り上げて両剣をはじき出した。クルクルと二本の剣が空を舞った。
「!――……」
(自分の居場所を、守るため……)
イルには二つの剣がスローモーションに見えた。そしてなぜか、自分が魔王軍に入った時の情景が頭に浮かんできた。
「……改過自新!」
目の色が変わったイルは、空を走り赤い剣を掴んだ。そして方向転換し、青い剣へ向け飛び出した。
「!」
「……」
しかし、目前でバルクが立ち塞がり、躊躇した間に剣が地面に触れた。乾いた音が響き渡ると、一気に静寂が包み込んだ。
「……」
「……」
「……すっ、ごいな!」
「最後の、速すぎて見えなかったよな?」
「あれが討伐隊の戦いなのか? なんて強さだ!」
「あのままキャッチできてたら、まだ分かんなかったぞ!」
「二人ともサイコー!」
きわどい決着に、ギャラリーから拍手が巻き起こった。イルは屋上に落ちた武器を拾い上げ、両剣を背中の腰でクロスしている鞘に納めた。
「『改過自新』。自分の過ちをあらためて、心を入れかえるってことだな?」
バルクは握手を求めて右手を差し出した。
「本末転倒。同じ轍を踏んでいた」
イルが握手に応じると、観衆の拍手がさらに大きくなった。
「俺も気がついたのは最近だ。それが三年前からできてりゃ、連敗せずに済んだんだがな……」
「……92勝1敗」
イルはキュロストバッジを指ではじいてバルクへ飛ばし、キュロストアレーナの方へ走り出した。
「お、おい! 話がしたいって言ってんだろ!」
勝ち星の差を言い逃げされたバルクは、キュロストバッジをお手玉してからキャッチした。そしてイルを追いかけた。
「待て! どこに行くんだよ!」
「……」
イルはアレーナの手前で急停止し、両腕を組んで振り返った。
「うわ! 急に止まんな!」
バルクは勢いのあまり、イルを通り越した。
「……スピードもブレーキも、さっきと大違い」
「まあ、さっきの技は短い距離だからな」
「得意不得意? 短いから速かった?」
「そういうことだ」
「……」
戦闘中以外は無表情なイルが、少し悔しがっているように見える。
「それより、訊きてェことがあるんだが――」
「明明白白。死亡した元魔王軍の存在について」
「なっ! なんで知ってる!」
「緊急連絡。ジュリーから聞いた」
「アイツ、やっぱ俺たちをモニタリングしてやがんな。――それで実際、なにが起きてるんだ?」
「……」
イルは戦い疲れた息を整えてから、意を決したように口を開いた。