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また勇者が転生してきたけど、もう魔王はいない。  作者: 美木 紀宏
第三章 翔空艦レース
24/41

24. 自分の大切な存在にブーイングが浴びせられよったら、どんな気分になるじゃろうか?

「素晴らしい! グランプリ優勝に相応(ふさわ)しい、最高のパイロットとワイヤーサポートだ! 特にサヤ君のコピー能力! 惜しみなく賛辞を贈りたい! 終盤にはこちらばかりが被弾していた! 称賛に値する!」


 悔しい表情を見せながらも、失速する機体の甲板から拍手をする絶対王者の姿があった。徐々に距離が離れていく。


「……すげェな、世界で一番になるヤツって。負かされた相手へ試合中に拍手なんて、俺にはできねェよ」

「悔しいは悔しいだろうぜ。でも多分、嬉しさもあるんでぃ」

『え? 嬉しいの?』

「自分が強すぎて、連勝するプレッシャー以外に敵がないのは意外に孤独なんでぃ。だから、越える壁ができたのは嬉しいんだぜ。翔空艦学校でもオレっちと競うたびに、『切磋琢磨(せっさたくま)できて嬉しい』って言ってたんでぃ」

「贅沢な悩みだな。生きるか死ぬかの戦闘なら、競う相手のおかげで強くなれるなんて、考えられねェよ」

「翔空艦レースはあくまでエアスポーツでぃ。誰よりも速さを求める者が世界ランク1位になるんでぃ」

「……やっと初優勝だな。ココ」


 バルクの声は、無意識にトーンが変わった。


「気が早いぜ。ゴールはまだ先でぃ」

「だから今のうちに言うんだ――ありがとな。ココがパイロットで良かった」

「何言ってるんでぃ、そりゃこっちのセリフでぃ! バルク以外に、獣人(セリア)を雇う変わりもんはいないぜ」

「これから当たり前にしてやるさ。何度も優勝して、獣人がレースに出るのを誰もが認める世界に変えてやる」

「あたぼうでぃ! これからも頼むぜ、バルク!」


 操縦席でがっちりと握手を交わした。すると、急接近してくる翔空艦の存在を示すアラームが鳴りだした。


「ん? 後続とは相当離れてたよな?」

「どこのどいつでぃ! とんでもないスピードだぜ!」


 竜の鱗のような外壁、銃火器のような形の機体が猛スピードで近づいてくる。


『あれって……ドラグナム?』

『首位を猛追するのはドラグナム! しかし何か様子がおかしいです。これは……機体の向きが逆を向いています! 壊れた後方ブースト部分が前を向き、反対向きに変わっています! 後ろを向いた銃口から高出力のブーストが放出され超加速! 先頭のアミアイレへ突進するように近づいていきます!』


 甲板に立つベルガの左手には半球型のルーレットポットが握られている。


「まずい! サイコロ魔法が来るぞ! 止めるんだ!」

『わかった!』


 サヤは虹レーザーや設置魔法ノック、プリズムレインを放った。


『だめ! 速すぎて当たんないよ!』

「くそっ! あんなのありかよ!」


 超高速の機体はひらりひらりとかわしながら近付き、ベルガが透明な容器の中に三つのサイコロを投入したのが見えた。ルーレット上をサイコロが転がり、魔法が発動した。



―*―


 暖色系の花が咲く、辺り一面の花畑。とっさに吹く穏やかな風で花びらが舞っていく。まるでテレビのチャンネルが切り替わったかのように、アミアイレとドラグナムは花畑の中心に着陸していた。


「綺麗な景色ですね……」

「うん。とても美しいネ」

『心が洗われるぜぃ』


 甲板の上に立つサヤとベルガの耳には、風で草花がなびく音と、近くを流れる小川の音が聞こえている。


『……って、なんじゃこりゃー!』


 無線が繋がっていないベルガの耳にまで、アミアイレ機内の叫び声が聞こえてきた。転移魔法による二機の失格が決定した瞬間だった。



―*―*―*―……


『これより! 翔空艦レースグランプリ2020・メウノポリス大会! 表彰式を行います!』


 タキシード姿の実況者がそう言うと、オーケストラの演奏が始まり、観客席から歓声が上がった。全翔空艦の順位が確定した一時間後、メウノポリスのゴールライン付近にはステージが造られ、その壇上には出場したクルーたちが上がっている。


『優勝は……獅子鷹丸です! リューセイさん、こちらへどうぞ!』


 リューセイが左手で杖を突いて前に出てくる間に、司会者は大きなトロフィーを係員から受け取った。


『レジェンド、おめでとうございます! あなたが今年のグランプリチャンピオンです!』


 老人は右手一本で抱えるようにトロフィーを受け取ると、紙吹雪が舞って観客が湧いた。


『さぁリューセイさん。色々とお聞きしたいのですが――』

『その前にトロフィーを置かせてくれ! 腰が持たんわ!』

『し、失礼しました!』


 会場で笑いが起きる中、リューセイは腰に負担がかからないように慎重にトロフィーを床へ置いた。


『あらためてリューセイさん。ご自身では五回目となるグランプリ優勝です。率直に、今回のご感想をお聞かせください』

『見ての通り、非常に難しいレースじゃった。運が良かったわい』

『機体に大きな損傷を負った後の見事な逆転劇。本当にお見事でした!』

朱雀(すざく)をサポートに入れておいて正解だったわい。そうでなければ完走できんかった』

『四聖獣朱雀(すざく)の機体修復奥義、とても美しかったです! しかし、修復後のレース運びも難しかったように見えました。ズバリ、勝敗を分けたのは何でしょうか?』

『はっきり言って青龍と朱雀(すざく)の戦闘力では、シャインクロスやアミアイレのワイサポには勝ち目はないと考えておった。じゃが、そのアミアイレは今大会がグランプリ初出場。根気よく狙っておったのじゃよ、ミスをする瞬間をな』

『まさにレジェンドの神眼(しんがん)! そしてシャインクロスは失速し、アミアイレとドラグナムが失格となりました』

『予想以上の結果となったが、残念でもあった。失格までは望んでおらんかったからのう。しっかり隙を狙って、抜き去る作戦を立てておったのじゃ』

『しかしそのアミアイレ! グランプリ初の獣人(セリア)パイロット、ココ選手の操縦も見事でした! ワイルドカードレースから非常に見応えがありましたね!』


 会場内の歓声に、拍手とブーイングが混ざり始めた。


『その件なんじゃが――』


 リューセイは突然、司会者のマイクを取り上げた。


『わしがぜひ紹介したい奴らがおる。翔空艦アミアイレのクルーどもじゃ!』


 バルクたちに注目が集まると、拍手と歓声が半減した。


『今拍手をやめてブーイングをする者どもに問う。その理由はなんじゃ? グランプリに出るパイロットが、獣人(セリア)であるのがそんなに不満か?』


 拍手を止めたであろう数人の観客から、ブーイングが鳴りだした。司会者はあたふたしている。


『わしは妖精人(ネライ)じゃから、獣人(セリア)の気持ちを偉そうに代弁することはできん。じゃが一つだけ言えるのはのう、この無慈悲なブーイングで心を痛める人間が、世界中にたくさんおるということじゃ!』


 リューセイが喝を入れるように言うと、会場は静まり返った。そして賛同するような拍手がじわりと起きた。


『一つ一つの翔空艦には、家族同然の関係であるクルーたちが乗っておる。どんな人種であろうと、召喚獣であろうと、強い絆で結ばれておる。最も早くゴールするという共通目標を持って繋がっているのじゃ。お主らは、自分の大切な存在にブーイングが浴びせられよったら、どんな気分になるじゃろうか?――『豪傑の剣神』バルクよ。かつて魔王を倒したお主は、どう感じておるのじゃ?』


 リューセイは後ろを振り返り、バルクへマイクを差し出した。バルクは少し躊躇(ちゅうちょ)したが、マイクを手に取った。


『ええっと、なんつーか……』


 バルクは大衆の前で恥ずかしそうに言葉を探した。


『この場で俺がなんか言っても、人種差別がなくならねェのは分かってる。――けどな、そんな簡単じゃねェ問題なら、このまま放置すんのもおかしいと思うんだよな』

「何が言いたいんだよ!」

「失格者はひっこんでろ!」

「はっきりしなさいよ!」


 再び観客席からブーイングとヤジが飛び始めた。


『翔空艦ファンなら、ココの操縦技術がシングルランカーに負けないと分かったはずだ。コイツはみんなと同じように感情豊かな人間で、翔空艦レースが大好きなんだ』


 続くブーイングをかき消すように、拍手も鳴りだした。


『だから、翔空艦ファンのみんなに一つだけお願いしたい。無理に俺たちを応援してくれなんて言わねェ。一生懸命に頑張ってる俺の家族に対して、獣人であることにブーイングをしないで欲しい。そうすれば、努力する人間がもっと生きやすいリキュアに、もっと魅力的な翔空艦レースになるはずなんだ』


 拍手の音がじわじわと大きくなり、ブーイングの音がかき消された。納得しない観客の視線やヤジも感じたが、過半数くらいは意見に賛同する拍手が見えた。そんな中、白スーツに着替えたアレンがバルクへ右手を出し、マイクを受け取った。すると、それだけで歓声が上がった。


『同じく諸君へお願いしたい。ココは翔空艦学校の同級生でありライバルだ。これからも良いパフォーマンスができる環境にしてくれるのなら、さらに素晴らしいレースが見せられると保障する。だから、人種の壁なんかで翔空艦レースを囲わないで欲しいんだ』


 バルクが言うよりも観客が湧いた。


『これまで通り、良いプレーにはしっかりと賛辞を送ってほしい。そして、悪いプレーに対して叱咤(しった)するブーイングは大歓迎だ。どちらにせよ、選手たちにより良いプレーを促すのが、素晴らしいファンのあり方だとは思わないか?』


 会場は拍手に包まれたところで、アレンはリューセイへマイクを返した。


『そういうことじゃ。今回旋風を巻き起こしたアミアイレの面々に、グランプリ初出場の獣人パイロットであるココに、もっと激励の拍手をくれんかのう?』


 激しく同意する拍手、普通の拍手、渋々する拍手など反応豊かだったが、会場は温かい雰囲気に包まれた。

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