22. どんだけ見られる意識がないの? センスがないにもほどがあるよ!
『わあぁ! すてきな夜景だね!』
さまざまな形の高層ビルやタワーが、明かりやイルミネーションで照らされている。ざっと数えても大小で百以上の高い建造物がある。
「そう言えるのも今のうちだ。目の前にはトップ争いをするシャインクロスと獅子鷹丸がいる」
『でも、あんまり攻撃しあってないね?』
「町の近くじゃ攻撃禁止だからな」
『あ! そうだった!』
「とりあえず、少し中に戻って休め」
『はぁい……』
アミアイレの扉が開き、サヤが中に入ってきた。腰に巻いていたワイヤーは、外にある専用フックにつけてきた。
「お疲れさん」
「サヤっち最高だったぜ! ベルガさんに勝っちまうなんてすごいぜ!」
「なんか、嘘みたいだね……」
サヤはさっきバルクが寝ていた席の一つ前に座り、腰と両肩を固定するベルトを接続した。
『さぁ! ダークホースの翔空艦を迎えるのは白き王者シャインクロス! 空気抵抗をとことん熟考して設計された無駄のない形状! 全方位へのブースト噴射を可能とし、光が屈折するような高速移動も可能とします! そして翔空艦レース界のレジェンド、リューセイ選手の獅子鷹丸! 別名グリフォンと呼ばれるこの機体は、その名の通り伝説の聖獣をモチーフに造られています! 細かな噴射口と可動式の翼により、狩りをするライオンのような小回りと、鷹のように切れのある飛行を実現させます!』
「――ん? 無線か?」
「多分、前の二機でぃ」
ココは無線のスイッチを入れた。
『やあ! アミアイレの諸君! 先頭争いへようこそ!』
『まったく、どいつもこいつも青いのう』
「へへん! 初出場は青さが強みだぜ!」
『ココ! 真剣勝負だ!』
「がってんでぃアレン! 負けねぇぜ!」
ビル街へスピードを上げて向かうシャインクロスと獅子鷹丸に、アミアイレ後ろに続いた。
『さぁ、ここクオルツではパイロットの腕の見せどころ! ビルとビルの間を縫った途中にいくつものチェックポイントがあります! 先頭のシャインクロスがビルの間を抜けながらぐんぐん前へ進んでいきます! 洗練された瞬時の判断に、獅子鷹もついていく! これはさすがです!』
『ココ! ついて来れるかい?』
「なんの、これしきぃ! 余裕だぜぃ!」
ココも巧みに操縦し、二機から離れていない。
『後続のアミアイレもしっかり続いていきます! これぞグランプリ! ハイレベルの先頭争いです! さぁそして、ビル街を通過しました!』
『ふおっふおっ、機体の差も操縦の腕で補っておる! 翔空艦の特徴を熟知してる証拠じゃな!』
「レジェンドに褒められるなんて、恐れ多いぜ!」
『さぁそしてこの先、折り返し地点に差しかかります! クオルツタワーの下にあるチェックポイントを通り急上昇、タワーの真上にあるチェックポイントをさらに通過し、折り返しとなります!』
「え? どゆこと? もう一回言って!」
勇者は混乱している。
「タワーの股の下と、屋上の上に黄色い輪があるだろ? 下を抜けたらひっくり返りながら急上昇して、タワーの上を通って後ろに引き返すんだよ」
「え? 聞いてないし! 股の下ってあの狭いところ? 危ないよ!」
「大丈夫だ。すぐに終わる」
「ちょ、ちょっと!」
「サヤっち! しっかり捕まるんだぜ!」
「ま、まって! まだ心の準備が!――キャー!」
『さぁ! 半分を過ぎましてトップはやはり、年間王者のシャインクロス! その後ろを追うのはなんと、ワイルドカードレース優勝のアミアイレです! こちらも綺麗な急上昇を終え、逆さまになった機体を整えます! さらには獅子鷹丸も、ほれぼれする動きで続きます! この後クオルツの町を離れますと、ワイヤーサポートの戦いが再開します!』
機体の向きが元通りになると、即座にバルクはシートベルトを外してサヤの近くに向かった。
「おいサヤ! 大丈夫か?」
「……」
サヤは反応せず、顔面蒼白になっている。
「おい!」
「――は! 私はいったい?」
「大丈夫か? そろそろ町を離れるから、準備を頼む」
「なんか記憶が飛んでるような……」
サヤはシートベルトを外して席を立ち、外に出る扉へ向かった。
「シャインクロスのアレンは光魔法の使い手で、獅子鷹丸のリューセイは召喚魔法の使い手だ」
「んん? 召喚ってありなの?」
扉の外にかかったワイヤー先端の輪っかを取り出しながら、サヤは聞いた。
「レース前のミーティングで言ったよな? 召喚獣にワイヤーを繋げばありだ」
「あ、ワイサポなのね」
「リューセイは四聖獣を召喚できる。朱雀に青龍に玄武、そして白虎。手強い相手だが、俺の指示通りに動けば問題ねェ」
「なんか聞いたようなメンツかも」
「……この話をサヤに話すのは、3回目だからな」
「そうだっけ?――また剣借りるね?」
バルクはミラーソードをサヤへ手渡した。
「無理に振り回すと疲れるぞ。盾の代わりに使うといい」
「え? それじゃ反撃できないじゃん」
「サヤの腕力だと、魔法を跳ね返すには両手でミラーソードを持たなきゃいけねェ。それだと魔法が使えねェだろ? それよりは片手を自由にして、魔法で反撃する方が相手に隙を与えねェはずだ」
「こんな感じ?」
サヤはミラーソードの刀身で顔を隠し、バルクに向けて右手を開いて見せた。
「ああ、そんな感じだ」
「……ダサっ」
サヤは地面に剣を叩きつけた。
「おいコラ! 何すんだよ!」
「こんなんだったらない方がマシ! どんだけ見られる意識がないの? センスがないにもほどがあるよ!」
「ひどい言われようだな……」
(そもそも、さっきは普通に持って戦ってなかったか?)
「だったらどうやってアレンの光魔法を防ぐんだ? いちいちシールドを張ってたら魔力が持たねェぞ!」
「大剣を持つくらいなら、魔力が持たない方がマシだよ――ん? 『持たない』?……」
サヤは考え込みだした。
「どうした?」
「……そっか! 持たなきゃいいじゃん! んじゃ、借りてくね!」
サヤはミラーソードを手に取り、開いた出入口の前に立った。
「サヤ? 言葉に行動が伴ってねェけど大丈夫か?」
「ふっふっふ。まぁ、見てなって!」
女勇者は不敵な笑みを浮かべている。
「サヤっち! 信じてるぜ!」
「うん! 目指すは優勝!」
「あたぼうよ!」
「いってきます!」
サヤは笑顔で外へ飛び出し、風魔法で飛んで甲板へ向かった。
「……不安だ。俺も準備しておくか」
『さぁ! グランプリ2020もいよいよ大詰め! 折り返しの後はチェックポイントなしでメウノポリスへ戻ります! 高度一万メートルで最短ルートを争う戦いの火蓋が、切って落とされます!』
「高度一万メートルが最短なの? リキュアも地球みたいに丸い星なら、高度低い方が距離も減るんじゃない?」
『いい質問だぜサヤっち! 実は高度が低いと、空気の密度が濃くて空気抵抗が強いんだぜ。今まではチェックポイントがあったから雲の下を通ったけど、翔空艦が最も速く進める空気の薄さは高度一万メートルが最短ルートなんでぃ!』
「へえぇ! そうなんだ!」
「さて諸君! そろそろ、空の決闘といこうか? 最短飛行を妨害するようなら、容赦はしない!」
シャインクロスの甲板に、白い魔法ローブを着たアレンが現れた。
『若いもんばかりにええ顔はさせん! 青龍が相手じゃ!』
獅子鷹丸のワイヤーに繋がれて、細長い体の竜が姿を現した。ヘビのようにしなやかな体を硬そうな青緑の鱗が覆い、頭の上には金色の二本の角。尻尾と顔回りには金色の毛が生えている。眼球も金色で、目が合うとかなりの威圧感がある。
「青龍さんって、言うほど青くないんだね? どっちかっていうと緑ってゆうか、エメラルドグリーン?」
『ふぉっふぉっ! 元来『青い』という言葉は、現代の緑色を表現する言葉なのじゃよ!』
「え? そうなの?――バルク、日本でもそうなのかな?」
『いや、俺に聞かれてもな……』
『さぁ! 舞台は整いました! 自分たちの翔空艦を守り抜き、見事優勝を勝ち取るのはどのチームか? それとも虎視眈々と逆転を狙う後続が追いつくのか? これは見ものです!』
翔空艦が海上を進むにつれ朝日が見え始め、辺りが明るくなってきた。
『三つ巴の戦いほど難しいものはねェ。片方に気を取られるともう一方にやられる。二人を常に視野に入れろ。まずは回避に専念だ』
「分かった。――でもココ。今度こそ本当に、避けなくていいからね」
『がってんでぃ! 信じるぜ!』
「お願いね!」
『……』
(それ、本当に大丈夫なのか?)
そう言っている間に、青龍はサヤに向けて口を開けた。
『気を付けろ! 青龍は氷属性の攻撃をしてくるぞ!』
「ガグオォォォ!」
青龍の口からサヤへ向けて、水色の光線が吐き出された。
「さて、お手並み拝見といこうか!」
青龍の光線が着弾する前に、アレンは右手をサヤに向けて広げた。
『気をつけろ! 少しでも隙ができたら、アレンが追い打ちしてくるぞ!』
「すぅー……ふぅ」
しかしサヤは、避ける様子もなく右手でミラーソードを持ち、自らを落ち着かせるように呼吸を整えた。
『おいサヤ! どうしたんだ!』
『目を閉じるサヤ選手を、青龍のコールドブレスが襲っています!』
『危ねェ! 直撃するぞ!』
「!――」