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また勇者が転生してきたけど、もう魔王はいない。  作者: 美木 紀宏
第ニ章 理想と現実の交錯
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12. 魔法と薬と知識の港

「波の音、カモメの鳴き声、潮の風。すぅ……ああぁぁぁー! うぅぅみだぁぁー!」


 ドラゴンとの戦いから一週間後の昼。海の船がいくつも並ぶ港町の桟橋に停めたアミアイレの自動ドアから、髪をシュシュで括った制服女子が現れ、突然叫びだした。


「叫ばなくても海だって、見りゃわかるだろ」

「海、ですわね」


 サヤに続いて大剣を背負ったバルクと、銀髪を後ろで括った白い鎧のプラノが降りてきた。


「もう! 二人ともテンション低すぎじゃない? これだけの青空の下で綺麗な海が目の前にあったら、普通叫ぶでしょ?」

「叫ばねェよ。漁師たちが驚いてんのがその証拠だ」

「わたくしは、分からなくは、ないですが……」

「いやプラノ、無理に合わせる必要はねェぞ」

「ちょっとなにその言い方! こんな天気のいい日に海を目の前にして、テンションが上がらないのはおかしいって言ってるの!」


 勇者はプンプン怒っている。


「サヤ、落ち着いてください。わたくしは高揚というよりは、感動に浸っておりますわ」

「……そっか、そうだよね! それなら声も出ないよね!」

「それより用事を済まして早く昼飯食おう。この町の海鮮丼は絶品だ」

「超楽しみだね! プラちゃんは回復薬の買い出しで、バルクは討伐メンバーだった魔法使いくんに会うんだっけ?」

「ああ。ココはアミアイレの整備だが、サヤはどうする?」

「そりゃあ、もちろん――」



―*―……


「うわぁ! 魔法使いの格好した人たちでいっぱいだぁ! なにこれ撮影なの? お集まりいただいたエキストラさんなの?」


 サヤは迷路のような路地を抜けると、装備品や薬や食品を扱う店が並ぶ大通りに出た。ほとんどの通行人が魔法使いのローブを着ていて、杖か箒、もしくは分厚い本を持ちながら、三角帽子を被っている。


「ここサージェスは、『魔法と薬と知識の港』って呼ばれていますの。世界中の魔法使いが集まるのですわ」

「へぇ! 魔法使える人がこんなにいるんだ! ねぇプラちゃん、鍋でグツグツ湯気立ててるのは、なにしてるのかな?」


 道の脇には大きな鍋を前にして難しい顔をした魔法使いの老人がいる。よく見渡すと、町の至る所から空に伸びる湯気が見える。湯気の色はさまざまだ。


「あまり近付かない方がいいですわ。巻き込まれる危険がありますので」

「巻き込まれる? それってどういう――!」


 進む道の先で大きな音がして、二人は足を止めた。黒い煙の輪っかが、空に上がっていくのが見えた。


「びっくりした。何? 今の音」

「お見せした方が早そうですわね。行ってみましょう」


 二人は爆発のあった方向へ行くと、辺りが黒く焦げた場所へたどり着いた。


「真っ黒。……ええっと、何があったんだろう?」


 道端で真っ黒い鍋のふちが外側へひん曲がっているのを中心に、半径3mくらいの範囲にあるビーカーや書物などが黒く染まっている。辺りが水浸しになっていて、黒焦げの服を着て髪形がアフロとなった若い魔導士が、鍋を前に茫然としている。


「新薬の開発に失敗したのですわ。この町では昔から、薬の調合を道端で行うという習慣がありますの」

「みんな華麗にスルーしてるのは、慣れてるからなの?」


 通行する魔法使いは黒焦げ現場には目もくれず、何事もないように通り過ぎていく。


「ええ。通り道でやるからこそ、失敗しても被害を最小限に抑えるのですわ。水浸しになっているのも、通行人の魔法使いが水の魔法を使ったのでしょう」

「あ、なるほど。自分の家を壊したら大変だし、外ならたくさん魔法使いがいるもんね。……でも、迷惑じゃない?」

「ふふ、確かにそうですわ――!」


 今度は遠くの方から爆発音が聞こえ、黄色い煙が上がるのが見えた。


「せっかく癒やしの海があるのに、落ち着かない町だね……」



―*―……


「近いな。ほんと、落ち着かねェ町だな」


 バルクは空に上がった黄色い煙を見て呟くと、目の前の大きなお屋敷に目線を移した。屋根と壁は全て黒塗りで、窓枠や屋根の(そで)部分のみ(べに)色が使われている。広くて立派な庭の中を通って玄関前まで歩くと、二階建ての家からさらに威圧感を感じる。


「ご無沙汰(ぶさた)しておりますバルク様。ようこそおいで下さいました」


 玄関前で白髪をきっちり整えた執事の男性が、赤髪剣士へ丁寧なお辞儀をした。


「グランさん! 元気そうだな?」

「ええ、ピンピンしておりますぞ! わたくしにとっては体調管理も仕事の一環ですので」

「相変わらずプロ意識の塊だな。執事の鏡だよ」

「いえいえ。バルク様こそ、以前お会いした時より体が大きくなられています。日頃の鍛練を欠かされていない証拠でございます」

「さすがの観察力だな。ま、俺らプロフェッショナルにとっては当然か」

「プロフェッショナルとして、ともに精進してまいりましょう」

「ははは、そうだな」

「――自分ん家の前でおっさん同士が褒め合って気持ち悪いと思ったら、バルクだし」


 突然の声に振り返ると、フードをかぶった小柄な少年がジト目で見つめている。肩から足元まで覆うオレンジ色のローブの上から藍色のフード付きの上着を羽織り、靴は藍色のブーツを履いている。そして硬い素材の赤い背表紙の魔導書を左腕で抱きかかえるように持っている。


「エックス! ていうか『おっさん』って、俺もおまえも十代だろ」


 エクストリーム・マジック。バルクは彼をいつもエックスと呼ぶ。


「ふふん、魔法使いは十五歳から大人なんだし。僕は由緒正しきマジック家の血を継ぐ、偉大な魔法使いの息子だからね」


 フードを脱ぎながら、エックスは自慢げに反論した。しっかりと整えられた深緑色の髪だ。


「分かった分かった。その自己紹介ギャグは聞き飽きたって」

「ギャグじゃなくて事実だし! 『千の魔法を操る大賢者』グリフィン・マジックと、世界三大魔女である『光炎(こうえん)の大魔導士』フィラフィーナの息子、エクストリーム・マジックだ!」

「はいはい、生まれなんかじゃ人の器は測れねェさ。どんな家庭にいようと、大事なのは自分がどうあるかだ」

「親の素質を継承できるかも、器を測るのに大事な要素だし」

「真似をしたって超えることはできねェ。自分らしさで勝負しなけりゃ、オリジナルには(かな)わねェんだよ」

「さすがはバルク様! おっしゃる通りにございます! ささ、立ち話もなんですから中に入りましょう! せっかくバルク様も、遠方(えんぽう)からいらしたのですから!」

「お、おう……」

「……」


 執事に促され、二人は家の中に入っていった。

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