第4節 その1 ブロンズの髪
闇夜とはいえ、月と星の明かりで、手が届く距離程度ならお互いの顔ぐらいは十分に分かる。
しかし、さっきの不思議な現象から、今まで落ち着いて周りを見ていなかったが、僕は自分が廃校舎の教室ではなく、暗い森の中にいることにおどろいた。
そして見知らぬ女の子に我ながらとんちんかんな質問をしたことで、今、自分のまわりで何か異常な事態が起きていることが理解できつつあった。
ポカンとした顔でこちらをじっと見ているその女の子は、小学生のように見えるが明らかに日本人ではない顔立ちをしている。
背格好は普通の小学生だし、顔も少したれ目で、ちょっとよわよわしい顔つきだが、かわいらしい。
正直ドキッとしてしまう。
日本人にもいるが少し欧米人のようにも見える。
ハーフとかかな?さきほど言葉が通じないときに外人かと思ったが、今は言葉が通じている。
バイリンガルというやつか?いやいや、そもそもそういうことでないのは直感的に分かる。
なぜなら彼女の髪の毛は見たことのない金属質のオレンジ色をしている。
いや、オレンジというよりも折り紙の金色・銀色・銅色の銅色がふと思い出される。
色というよりも髪自体が作られている成分・組成が違うのではないだろうか。
でもささやかな風に揺れるその髪は、優しくたなびいている。
思わず僕は彼女の髪を手にとろうと手を伸ばしかけていた。
女の子の髪を触ろうとするなんていつもなら考えられないが、今回ばかりは考えるよりも手が先に出ていた。
「ゴホッゴホッ・・・・・・」
咳が、忘れていたのを思い出せ、とでも言うようにしゃしゃり出てくる。
ああ、これは夢ではないのかな。
漫画などでよくある描写に、夢ではないかと疑って頬をつねってもらったりするのをみたりするが、夢を見ている時に実際そんなことは思いつかないし、そんな事をする気にはサラサラない。
自分が夢を見ているときや、朝おぼろげに何かの夢をみていた時のことを思い出してみると、夢を見ている最中は、それが、どんなに不思議な夢をみても、その時の自分が見ていたものが夢だなんて全く思っていない。
エレベーターに乗っている。
ボタンが99とか350とかあり得ない階数の表示になっていて、真ん中あたりを押しているのに、なぜか一番上の階にいる。
そこは、なんとなく見たことがある風景と、全く見たことのないオブジェクトが合成されたような空間。
たとえば、とんでもなく複雑に絡み合った原色の排水管が入り乱れたていたり、わけのわからない巨大なルーレットが縦置きになって回っていたりする。
僕は、当たり前のようにその建物から飛び出して、真っ逆さまに落下する。
明らかに落下している感触・加速度を感じる。
そして、地面に激突する。
が痛くない。
スッと立ち上がり、おかしな空間のまた違うどこかへ向かう・・・・・・ふと目が覚める。
「・・・・・・ねぇ」
起きた後、ああ今僕は、夢を見ていたんだなと認識できる。
そして、どんな夢だったかと思いだそうとしてもその断片がなんとなく、かすかに思い浮かぶ程度だ。
夢は脳の記憶を整理する機能というのを聞いたことがあるが、ストーリーや景色に全く脈絡がないのは、むしろその理屈からすると当然なのかもしれない。
「・・・・・・ねぇってば」
女の子に顔を手のひらで叩かれた。
横から頬をではなく、正面から顔真ん中を。
「いてっ、あぁ、ああ、ごめん、なんだっけ?」
僕は動転していた。
女の子に叩かれたのも顔を触られたのも初めてだ。
鼻っ柱を正面からペシペシとされたから多少痛かったが、それよりもとても柔らかい皮膚の感触に感動した。
(あぁ、やっぱり女の子は繊細なんだ。)
行動とは真逆の感想を持つ僕だった。
「ここの場所は、西の森で、私の名前はマテリアっていうんだよ。」
女の子を少し拗ねたように口をとがらせつつも、僕の質問に答えてくれた。
「西の森?ってどこ?ああ、ここはきっと日本じゃないんだろうな。
そうだよね?」
僕は率直な感想を質問にした。
「ニホン?2本じゃないって何が?」
マテリアという女の子が、今度は不思議そうな顔で質問を返してくる。
どうも会話が噛み合ってない。
「ゴホッゴホッ・・・・・・」
咳が出るので、なんとなく顔を逸らす。
そして地面を眺めながら、どうやって話をするのがいいかと悩んでいると、ドサッっという音がしたと思ったら、マテリアが膝をついて倒れてしまっていた。
かろうじて、顔を地面に打ちつける前に抱き寄せることができたが、そこで初めて彼女に熱が、それもかなりの高熱があるのが分かった。
しかも、どうも震えているところや(自分も寒いので分かるのだが)寒くてつらそうなのが十分すぎるぐらい分かった。
僕はせめて、もの風よけにと教卓の中に彼女を寝かせ、近くに何か毛布のようなものがないかウロウロしてみた。
とりあえず、自分の上着を彼女にかけ、リュックサックを枕に横ならせてあげることぐらいしかできなかったが、とりあえず我慢してもらおう。
「ちょ、ちょっとここで待っててね。」
病気で倒れている子に、返事など期待してはいなかったが、僕は一声かけてから、急いでそこを離れた。
僕なりに必死になっていると思う。
これが憧れていた妹を持つ兄の気持ちなのか?寒さも忘れ、咳も忘れあたりを探しまわる。
何か木を組んだ小さな社のような物はあったが、森の中に人の体を覆いかぶせるような都合のよいものなどないし、ここが自分の知っている森だとしても(森なんていう場所自体、1回か2回しか行ったことはないが)、そんなものは思いつかない。
ふと、崖沿いを歩いていると、ちいさな横穴を見つけた。
奥までは歩いて30秒もかからずに着いてしまうが、十分外よりは温かいし、雨や雪になっても大丈夫な深さだ。
入口は小さいが奥は少し広くなっていた。
熊が冬眠にでもつかっていたのか。
熊の生態はよく知らないがそんな感じだ。
小さなマテリアという少女は予想よりもずいぶん軽く(イメージより10分の1ぐらい?)恐いぐらいだったが、おかげで、あっさりと横穴の中で寝かせることができた。
僕の上着をお腹の上にかけて、相変わらずリュックサックを枕にして寝かせている。
今度は足も伸ばせてぐっすりと寝ているのが目に見えて分かりこちらも少し満足だ。
もう時刻は夜中の3時くらいだろうか。
あまり思考もおぼつかない。
咳も落ち着いてきた。
眠さが限界だ。
朝になったら、何から話そうか、ぼんやりまたそのことを考えつつ、僕は近くにあった小川で水を少し飲んでから、彼女のそばに横になって眠ることにした。
僕は、この時、明確に意識できてはいないとは思うが、いつもより明日を楽しみにしている気がした。