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第2節 それぞれの気持ち


 戦い前夜。


ここエメル公国の中央都では、これからの戦いに向けて、それぞれが気持ちの整理を付けていた。






伯爵には、また1000年前の過程を再現するだけではないのか?そんな迷いがあった。


長く生きている伯爵は無限とも言える時間の中で、本当に平和だったと言える時はごくわずかだった。


人間と魔族、やはり永久の共存なんてものは、不可能なのかもしれない。


しかし、もう一度だけ、ベリルたちと一緒に作ったこの国や人々の暮らしを守ろう。


そう決意していた。




「ベリル・・・・・・。


君に会いたい・・・・・・。


全てを終わらせて、君に会いに行くよ。」




マテリアは、魔族の良さも、人間の良さも知っている。


だから、なぜ皆がけんかをするのか、心の底では理解できないでいた。


だから、きっとお互い仲良くできる。


自分と光介、それにお父様(伯爵)、瑠璃たちのように。


そう、そのために自分の出来ることをしよう。


そして、光介を助けよう。


お父様を励まそう。


そこに迷いはなかった。


ただマテリアの胸にある大きな翳りは、唯一、七大宝石が揃ってしまい、ゲート魔法が行使されることだ。


それはつまり光介がいなくなってしまうかもしれない、ということだ。


今から光介に会いに行き、その事を聞こうかと思うが、もしも光介に、(ああ、もちろん戻るさ!マテリアには世話になったな。


今までありがとう。)なんて言われたら、きっと私は、もう何も出来なくなってしまう。


それが怖くて、マテリアはベッドの上から動けなかった。






ゴートは、光介の気持ちを知っている。


そして、光介がマテリアと一緒にいることがマテリアにとって本当に幸せなことかどうか正直わからない。


むしろ目の前から消えた方がいいのでないかと思う。


しかし、それが自分の都合のいい考えからきていることも分っていた。


自分はただの写し身。


光介のように実在していい存在ではない。


しかし、自分は瑠璃が好きだ。


彼女のために色々なことをしてあげたい。


彼女の耳を聞こえるようにするために元いた世界に連れて帰ると約束もした。


だから、光介を説得する。


瑠璃を幸せにできるのはお前だけだ(それは俺でもある)と。


けれども、今のゴートには光介はもう自分と同一視できない。


自分は自分だ。


自分の手で瑠璃を幸せにしてあげたい。


それが無理なことだと心の底ではわかっているからか、知らぬ間にゴートの目から涙がこぼれていた。


自分の身が魔法でできた不確かなモノであることに、悔しさでいっぱいになる。


とにかく瑠璃のため、ゲートを開く。


それまで瑠璃のために出来ることを全てしよう。


彼女は今まで女の子としての生活なんか一つもできちゃいない。


おしゃれや友達と遊びに出かけたり、お菓子を作ったり、そんな当たり前の事が彼女にはただの一度もなかった。


これからは、あの娘は幸せにならなければならない。


それが俺の夢だ。






瑠璃の世界は無音だ。


テレパシーのように理解できる言語を除き、彼女には聴覚に似た感覚はない。


なので、一人部屋にいて、夜になって目をつむると彼女の時間は止まったように何もない世界になる。


そんな時は自分が存在するのかとても不安になる。


城主であった頃は気も張っており、部下の手前弱気になることなど一切なかったが、ゴートと出会ってからは違った。


彼は自分を助けてくれる。


そして、新しい世界を見せてくれる。


ゴートと話していると自分が一人の女の子に戻れる気がする。


差しさわりのない、本当に、本当にどうでも良い会話。


会話ではなく喧嘩なのかもしれない。


しかしそれは自分にとって、とても楽しいコミュニケーションだった。


ゴートは肩を叩いてくれる。


頭を撫でてくれる。


私がそれを嫌がって払いのけたり、叩き返したりしても、いつも避けずに受け止めてくれる。


それからというもの、音の聞こえない自分のコミュニケーションに幅ができた気がする。


彼とのスキンシップ(そういうと恥ずかしいけれど・・・・・・・)はとても楽しい。


もし、自分の耳が治りもう一つの知覚を手に入れたらきっともっと楽しいだろう。


私が喜んでいる姿を見ることをゴートは楽しみにしている。


それに応えたい。


自分の望みなのかゴートの望みなのか、もうよく分らなくなってきた。


たぶん二人の望みなんだ。


ゴートはきっと約束を果たしてくれる。


間違いない。


だから彼についていく。




しかし、瑠璃には大きな悩みがあった。


光介とマテリアの存在だ。


光介はマテリアとはずっと一緒には居られない。


彼自身元の世界へ戻りたいだろう。


光介が元の世界へ戻ったら、間違いなくゴートは消えてしまう。


私がゴートと一緒でなければ世界を越える意味はない、と言ってもゴートは聞かないだろう。


同じ俺なんだから大丈夫だ、などと言うに違いない。


そして、私はそんなゴートを裏切れないだろう。


もしゴートにそう言われたら、きっとありがとう、そう言ってゴートの思いに応えずにいられない。


だってあの人は、この世界で起きた奇跡のかけらでしかないのだから。


生まれてからほんの少ししか経っていないのに、存在すら無くなってしまう。


そんな事本人は十分過ぎるほど分っていて、きっと最後の一瞬だって分っているのに、私のためにその貴重な時間を使い切ってしまうんだ。


本当に困った人・・・・・・。




そして、マテリアは悲しむだろう。


長い間、そう人間の私たちが死んでいなくなって、ずっと時間が経っても悲しんでいる。


伯爵はきっと傍にいてくれるだろう。


だからいつかきっと立ち直ってくれるはず。


ただ、一生で一番深い傷を負わせてしまう気がする。




そして、最後にまた伯爵は一人残されるのだ。


永劫の時を一人で過ごす。


光介の指輪が無くなったらきっと死んでしまうこともできない。


本当に一番悲しいのは伯爵なのかもしれない。


瑠璃は自分がどうしたいのか分っているのに、どうにもならない理不尽な未来を悲しく、ただただ悲しく思いながら何もない暗い無音の世界で一人悩み続ける。






光介は、戦いの事を考えていた。


青銀の魔法と自分の力を信じていない訳ではない。


そして、一緒に戦う皆が居ればどんな困難にも打ち勝てると思っていた。


しかし、それが本当の勝利なのか?勝利とはいったい何のか?ということをひたすら悩んでいた。


黄金の王、水銀の王の行いは許せない。


しかし、人として人の世を作ろうとしている黄金の王や、魔族として魔の国を作ろうしている水銀の王は本当に悪い存在と決めつけられるのだろうか?そして、その二人になんの違いがあるのか? そもそも、どちらかの種族を滅ぼすなんてとてもできないし、してはいけないだろう。


仮にその偏った思想を正すという意味で、黄金の王、水銀の王の両方を完全に滅ぼしたとしても、それでも、また彼らのような差別的な国ができないと保証することはできないのではないか?むしろ、たった今も1000年前と同じことを繰り返しているかもしれない。


もといた世界でも戦争はなくならない。


自分たちの考えだけで、戦争をしていいのだろうか?彼らにも家族がいる。


仮に彼らを倒しても残された家族はきっと復讐を誓うのではないだろうか?もしマテリアを殺されたら、自分は殺人鬼になるかもしれない。


そうなったら思想なんて関係ない。


復讐の連鎖を生みだすだけなのではないか?自分たちがやろうとしていることは、本当に正しいのだろうか?もう何回も同じことがグルグルと頭の中で繰り返されていた。




いや、正しい。


少なくとも今、目の前に繰り広げられている惨殺・蹂躙・圧政・差別は絶対いけないことだと頭でなく、心臓のあたりが応えてくれる。


心が苦しい。


そんな事は許せない。


もし、また何十年後、何百年後に戦争になっても、同じように誰かが、その時代を生きる人達が解決しなければいけないんだ。


そう考えて、光介は戦う決意をする。




しかし、それでも迷い、悩みは尽きない。


マテリアと一緒にいてあげたい。


どうせ元の世界へ帰っても、きっと良いことなんて一つもないだろう。


今さら行き場所だってない。


かといって、この世界に残るとどうなるのだろう?マテリアと生活できたとして、仮に長生きができたとしても数十年で別れることになる。


種族の違いは大きい。


もちろんいつまでも自分の事ばかり考えてくれるわけではないだろうし、伯爵もいる。


そう考えると中途半端にこの世界に残るよりも、彼女に本当の別れを経験させる前に、元の世界に帰るべきなのではないか?それにゴートはきっとそれを望んでいる。


俺たちは元の世界では一緒にいられない。


しかし、ゴートは自分に瑠璃を託すだろう。


同じ自分が彼を無視したら、だれが彼の代わりをしてあげられるだろうか?自分が彼を勝手にこの世に呼び出した。


勝手にまた無に帰すのは許されることではないだろう。


せめて彼の思いを遂げなければならない。


なんども命を救われた。


彼は自分の立場や運命を受け入れて行動している。


同じ人間なのにふっきれている。


そしていつも明るくふるまっている。


よっぽど彼の方が素晴らしい人間ではないのか・・・・・・。




光介は、自分のやらなければならないことを受け入れることがやっとできた。



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