第1節 その2 七つの宝石
手を組んでずっと考え込んでいた伯爵が腰を上げて話し出した。
「ベリル・・・・・・、初代公爵は私が愛した唯一の女性だった。
そして私をこの世界で目覚めさせてくれたのも彼女だ。
私自身どこで生まれたのか、彼女に会うまでどこでどうしていたのか分らない。
もしかしたら、コースケのように召喚されたのかもしれない。
しかし、私は彼女の騎士になるべく彼女の元にずっと傍にいて、彼女に従った。
大戦や、最後の別れの時まで、数百年の間、私の生涯で最も素晴らしい時間がそこにあった。
そして、この国や帝国、そしてベリルが望んだこの世界の秩序は、絶対に壊させん。
《絶対に》だ。」
伯爵は怒っていた。揺るぎない信念が伝わってくる。
それはとても静かな怒りだったが、こんなに怒っている伯爵を光介たちは初めて見た。
伯爵は話を続ける。
「公爵、私はこれから帝都へ向かう。
そして新帝を助け、この争いを起こした奴らを駆逐してやる。
あなたはこの国を守り、後ろに備えていてほしい。」
伯爵は公爵に簡潔に依頼をする。
「……わかりました。
私にできることは全てやりますので、どうかお気をつけて。
そして、このエメラルドをお持ちください。
グリーンドラゴンの力、きっとお役に立つでしょう。」
公爵は瑠璃の方を向くと、瑠璃の両手をとり、しっかりと握りながら語りかける。
「大きくなったわね、瑠璃。
あなたにこれを授けます。
戦いが終わったら、もし良かったらだけど、私に代わってこの国を継いでほしい。
あなたがこの国を愛する気持ちを私は知っています。
そしてあなたになら、これを渡せます。」
公爵は、瑠璃にエメラルドを手渡す。
ゴートは、瑠璃を見る。
彼女がこの国を継ぐということは自分と元の世界へ戻る旅をすることは出来ないのではないか?しかし、それは自分勝手な悩み、今の自分に彼女の生き方に口を出す事なんかできはしない。
やり場のない思いを感じ、ゴートは俯く。
「・・・・・・公爵様。
私にこのエメラルドを。」
エメラルドを握りしめた瑠璃は悩んでいた。
もしかしたら現在は何も手がかりなんてないけど、ゴートが私の耳を聞こえるようにしてくれるかもしれない。
新しい世界へ連れ出してくれるかもしれない。
そうなったら、この国を継ぐことはできない。
ただ、今は私情を捨てて、何よりもこの戦乱を鎮めることが先決だ。
悩んでいる時ではない。ゴートに話したい思いでいっぱいだったが、決心が揺らいでしまうかもしれない。
「確かに受け取りました。きっとエメルの代表として力の限りを尽くします。
しかし、この国の将来については、戦争を終わらせた後にもう一度相談させてください。
……今の私にはそこまでは決められません。
せっかくのご期待に背く発言、お許しください。」
瑠璃は凛とした態度で公爵に答える。
本心だった。
「……そうですか、わかりました。
いいのです。
私にはあなたやこの国の人たちの将来を決める権利はありません。……今回の一件で自分に自信を無くし逃げていたのかもしれないですね。
あなたの言うとおり、今大切なのは伯爵のお力になり、この大陸を平和へ導くこと。
頼りにしています。
どうか、お願いします。」
「はい!」
瑠璃はエメラルドをさらに強く握りしめて応えた。
二人のやりとりをみていたゴートはふうーっと息は吐いている。まだ望みはあるようだ。
そんなゴートと瑠璃の二人の真意を知ってか知らぬか、伯爵が《七大宝石》についての話をし出した。
「七大宝石とは、エメラルド、ルビー、サファイア、トパーズ、ガーネット、アメジスト、アクアマリンのオリジナルことだ。
究極の宝石と言われているダイヤモンドのオリジナル、そして、それがついた金剛の杖に、七大宝石を全て嵌めることで、異世界へ繋がる虹の橋と、その入り口であるゲートを開くことが出来ると言われている。
この《異世界》がどこを指しているかは定かではないが、おそらく対象となる異世界のものを所持していることで、その世界へ繋がるのではないかと私は推測している。
コースケ、お前が元の世界に帰りたいのであれば、七大宝石を集め、新帝から金剛の杖をかりて、ゲートを開けば良い。
お前の持つ指輪がきっと元の世界へ返してくれるだろう。」
この時、光介よりも、ゴートと瑠璃の方がその話に引き寄せられていた。
漠然と自分たちの世界へ帰る方法がないか、それを探しに行こうと考えていた矢先だった。
とてつもなく大変なことかもしれないが、可能性はゼロではない。
むしろ目標を実現するための道が目の前におぼろげながらも具体的に示されたのだ。
光介は、驚いていた。自分には戸惑いがある。
それは自分が本当に望んでいることなのだろうか?
ゴートの言うように瑠璃の耳を治してあげることはできるかもしれない。
しかし、あの世界に戻って幸せなことなんかあるのだろうか?正直に言ってそれはない。それにマテリアの事はどうするんだ?
……いや、マテリアには伯爵がいる。
傍にいてあげたいが、きっと彼女の人生・寿命を考えれば確実に悲しい別れがやって来る。
そして、それがその後の彼女の長い人生に深い痛みを刻んでしまうのではないだろうか?
そんな事があれば、もし彼女との暮らしが現実になっても手放しに喜ぶなんてできやしない。自分さえ良ければいいのか?
……やるせない気持ちなった。
……いや、今出来ることをやろう。彼女のいる世界を守り、元の生活に戻るんだ。将来の事は改めて考えよう。彼女の気持ちも確かめてすらいないのだし。
一番ショックを受けていたのはマテリアだった。
光介がいなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だ。
そんな未来図は想像していない。
でも光介にとって自分の世界に帰ることは本来の姿なのではないのだろうか?そう思うと何もいえず、光介に不安を漏らすこともできず、俯いてしまった。
伯爵は、そんな光介たちの様子を伺ったあと、話を続ける。
「今私たちの手元にあるオリジナルは、光介の持っているアクアマリンと瑠璃が今手にしたエメラルド。
そして、ルビーとサファイアは帝国側にあるとしても、残り3つは敵の手にある。
しかもかれらの軍勢は強大だ。
宝石のみならず、更に金、白金、鉄、水銀のオリジナルも所持している。
しかしどの道この戦争を終わらせるには、奴らを倒さねばならないのだから、どちらにせよ我らがすることは決まっている。
まずは、帝都へ向かい、新帝や諸侯に合流するぞ。
居場所や直近の状況は私が調べておこう。
それまで、1週間程度はこの街で旅の支度や気持ちの整理をしておくがいい。
もちろん参加するかどうかは各自の自由だ。
わかったら、解散だ。」
伯爵はそういうとカルスとともに立ち去って行った。
「そうだ、好きにしろ」と、伯爵はつぶやいた。
マテリアの気持ちを理解した上で、光介がゲート使うような結末を伯爵はマテリアに絶対見せたくなかった。結果として誰がどんな決断をしても出来る限りの事をしてやるだけだ……




