第3節 その1 隕石が連れてきたもの
マテリアが目を覚ますと真っ暗な森の中にある開けた花畑にいた。
とても静かだった。
星明かりが目を開けたことを気づかせてくれるが、それでも森は暗く静かで、まるでマテリア以外の生命は呼吸さえしていないのかと思うほど静かだった。
道端で倒れた後、ほぼ無意識に歩いてきた。
体を引きずり、また気絶したように眠ったり休んだりしながら、なんとか歩いてきた。
ここに着いた後は、丸一日は寝ていただろう。
ぼーっとした頭で朦朧としつつも、マテリアが体を起こすと、姉テレサの墓がそこにあった。
目が覚めた時、夢だったらという期待がほんの一瞬心をかすめたが、そんなことはないことを、テレサが生前つけていた小さな水晶のついたイヤリングが教えてくれる。
街を出て彷徨いながらも、結局のところ姉の墓まで戻ってきてしまったのだ。
星明かりのせいか、少し見る角度が変わるたびに、その小さな水晶がまたたきをする。
その光にほんのわずかながらの勇気をもらったマテリアは、姉のいない、何の未練もない、ただつらいだけのこの世界に別れを告げる決心をした。
マテリアの頬に涙が流れる。
「お姉ちゃんのところに行こう・・・・・・」
そして、すぐそばにある川へ飛び込んで流されてしまおうと、歩き出そうとした。
しかし立ち上がったと思った瞬間、脚に力が入らず、地面に転び倒れ込んでしまった。
あきらめて仰向けになったマテリアは、高い森の木々に囲まれたこの小さな吹き抜けのような空間が、天窓のように開けた空の星を眺めた。
テレサのイヤリングのように、星は煌く。
静かでとても綺麗な星たちをみているとまた涙がこみ上げてきた。
(なんで、自分はこんなに悲しいの?・・・・・・)
(なんで、こんなに苦しいの?・・・・・・)
(なんで、誰も助けてくれないの?・・・・・・)
マテリアは満天の星たちにつぶやいた。
「みんな無くなって真っ暗になればいいのに・・・・・・」
もうマテリアは何ものにも動かされない。
空腹も寒さも。
星たちへの苛立ちも。
ただ深いねむりが訪れるのを待つのみだった。
そして、そのまま二度と目覚めたくなんて無かった。
マテリアの瞼がやっと彼女の気持ちを理解してくれたのか、閉じようとした時、上空の煌く星ぼしの隙間から、流星が見えた。
だんだん自分に向かって堕ちて来るようにも見える。
「ああ、ぶつかるの?!」とマテリアは閉じかけたまぶたを見開き、9割方眠っていた彼女の意識を呼び覚ました。
虹色の小さな光は、体が一瞬浮き上がったかと思う振動と地響きをともない、マテリアが寝ていた場所とテレサの墓のある花畑の北側のちょうど反対側に落下した。
隕石なんてマテリアも見るのは初めてだ。
そんな好奇心が力を与えてくれたのか、マテリアは引き寄せられるように隕石が落ちた場所へ向かい、大きくえぐられた地面を覗き込んだ。
煙がたち、中の様子は見えないが、何かが煌めいている。
しかし、こんなに夜の外気は寒いのに、その場所へは、とても熱くてこれ以上近づけない。
マテリアは、テレサの墓の脇に置いてある、余った薪を2本取ってきた。
それを大きな箸のように両手を使い、煙のなかの隕石をつかもうとした。
薪の感触と煙の隙間から見えて解ったが、その隕石はマテリアの両手で十分包隠せるような、とても小さなものだった。
「うまく挟めない・・・・・・」
何回か試行錯誤してみたが、穴から引きずり出すのが精一杯で、それ以上うまく動かせない。
結局片方の薪を投げ捨て、残った一本で思い切り小川に向かって叩き出した。
マテリアの腕に確かな手応えがあり、輝くその物体を大きく動かした。
同じ要領で隕石を小川まで叩き出すまで、そう時間はかからなかった。
小川に落ちた瞬間、大量の水蒸気とその隕石が持っていた熱量がとても大きなことを証明するかのような、ジューっというとても大きな音がしばらく続いた。
数分後煙も音も無くなったころ、マテリアは隕石が落ちたあたりを覗き込んだ。
澄んだ小川の中から輝く隕石を見つけ、触っても熱くないかと、指先でつついて確かめてから、拾い上げるのはとても簡単なことだった。
そしてその輝く石は思ったよりも(見た目の大きさと比べて)かなり重いとマテリアは感じた。
隕石は虹色の光を放つ表面と内部が霞んで見える透明な宝石のようだった。