第3節 その1 唯一の友達
俺は一人になってから、たびたび分身を召喚していた。
この日も宿屋に着いた後、分身を呼び出していた。
しかし、分身はそもそも自分と同じ知識や感性を持っており、多少楽観的な傾向こそあれ、基本的に同じ人格だ。
しかも呼び出した時点の記憶は共有しているため、雑談する相手としては全く意味が無い。
お互いが相手の考えていることが分っており、一人で物事を考えるとのさして変わらない。
声に出しているかいないかの違いくらいだ。
実際は声に出す前も大方思考回路が似ているため、にらめっこしているだけで、時間が過ぎている。
しかし、それでも一人よりは幾分ましだった。
たまに、槍の訓練をすることもある。
これは実際かなり効果的でほとんど実力伯仲しているため、かなりの手ごわさで、対戦相手としてはちょうどいい。
しかも自分の弱点がみえてくるため、これもメリットといっていい。
実際には、思い切りの良さやスピードでは、若干体の軽い分身に歩があり、こちらは攻撃力の重さや、防御力などという意味では勝っている。
また、身に着けている真珠のチョーカーによる防御力はかなり強力で全身に鎖帷子が付いているぐらいの強度を誇る。
そして、この槍もやはり分身にはない。
分身に渡すために似たような槍を自ら鍛冶屋で鍛えたものを渡してあり、それを使ってもらっている。
見た目こそ、彫金や宝石含めかなり似通っているが、やはり伯爵の武器、なんらかの工夫がしてあるのかもしれない。
その強さと使いやすさは全く違う。
今日も夜更けまで、二人(一人?)で、訓練と検討を続けていたが、ふと閃くことがあった。
「どうだろう、しばらく、別行動をするのは?そうすればお互いの記憶や情報に差分が出てきて、具体的に相談内容も深まるし、情報収集にかかる時間もかなり短縮できるはずだ。」
俺は分身に提案した。
「もちろん、賛成だ。
自分が自分らしくありたいと、分身になると思う時がある。
結局は自分なんだが、不思議な感じだ。
こればっかりは分身にならないと分らないんだろうな・・・・・・。」
そして、次の日から、別々に情報収集を始めることになった。
国境を越えた先で、街道沿いに東側が分身、西側が自分の分担で、3日後の夜この宿屋に戻り、本格的な作戦会議をしようということになった。
国境を越える前に宿屋の主人に話を聞いたところ、国境自体は、こちら側に骸骨兵がいるだけで、あちら側には誰もいない。
なので、伯爵の使いであるあなたなら簡単にあちら側へ渡してもらえるだろう、ということだった。
そして、国境の向こう側の事は詳細不明だが、難民がたまに来ることがあって、その人たちの話から分かる事は、街道をしばらく行くと西に、さらに進むと東側に村があるということだった。
今思えば、その話がこの展開を思いつくきっかけになったのかもしれない。
次の日、俺たちは国境に行くと、そこには聞いていた通り、骸骨兵が2体で橋の入り口を守っていた。
こちら側の国境は、エメル山脈から流れる川で仕切られているようで、国境を越えるには、基本的にこの橋を渡っていくしかないらしい。
もちろん海を越えて行くことも考えられるが、噂によると海岸は断崖絶壁になっていて実質的に無理らしい。
骸骨兵にはこの槍を見せただけで、通過を許可された。
橋はあまり安定していない吊り橋で、500mくらいの長さがあるため、風が吹くと揺れ、かなりの恐怖感はあったが、なんとかエメル公国側へ渡ることができた。
ここからは慎重に進まなければならない。
出来る限り貧相な格好をしてはいるものの、見知らぬよそ者が来たと敵に察知されないようにしなければならない。
しばらく無人の街道を進んだ後、俺たちは互いの目的地へ向かい別れて進みだした。




