第2節 その1 伯爵の来訪
俺はマテリアに、今日の訓練でカルスと5体の骸骨兵を相手に戦い十分に同等だったこと、カルスにも1対1で真剣勝負したら、勝てるかもしれないと、少し誇らしげに話していた。
もちろん、実際のところ、カルスには勝てないだろう。
カルスは何か本気ではないというか、きっとまだ実力を出し切っていない、そんな余裕というか、必殺の一撃を隠しているような気がしていた。
例えば、カルスとの戦闘の間、ふと本当はここで攻撃がきそうだ、という殺気を感じる時がある。
その時カルスは手を動かすようなことは無いのだが、なぜかそんな気配を感じる時がある。
マテリアはそんな俺に、すごいね、今度見に行ってもいい?といつものお願いをしてくる。
だが、俺はいつもこう言う。
「そうだな、もうちょっと強くなってからビックリさせたいから、もう少しだけ待ってくれるかな?」
マテリアは不服そうだが、いつものことだと、
「そう。
じゃあそれまでもう少し待つけど、そのうち勝手に見に行くからね。」
と言い返してくる。
実際には、見に来たりはしないのだが、そろそろ自分のカッコイイ技をみせてあげもいいかな?なんて、思っていたとき、玄関からノックの音がした。
「はーい。」
マテリアが返事をしながら、玄関へ向かう。
昔の押し入り強盗の教訓から直ぐにはドアを開けたりはしない。
かならず、声をかけて確認してから開けるようにしている。
「どなたですか?」
マテリアは扉の向こうの誰かに声をかける。
そう言えば、マテリアは最近丁寧な話し方をしているな、なんて思ったりした。
いつ頃からだろうか?
「私だ。」
扉の向こうから声がした。
伯爵だった。
この家に直接来るのは珍しい。
マテリアに用がある時やマテリアが伯爵の居城である白銀の塔に泊まるという連絡をする時も、骸骨兵の誰かに手紙を持たせて要件を伝えてくる。
ちょっとした不安がよぎるが、マテリアは特に不思議に思うようなことはなかったようで、はい、すぐ開けます、と言って扉を開けて伯爵を招き入れた。
伯爵はテーブルにつくと、早速用件を話し出した。
「君たちも感じているとは思うが、この国は十分に繁栄した。
そして、エメル公国の政情はいよいよ悪化している。
エメル公爵は乱心しているかのような圧政で、国民たちは飢餓と労役により瀕している。
このままでは、暴動などの内乱や難民の流出、虐殺が心配される。
このような情勢は隣国であるこの国にとっても、かなりのリスクといえる。
よって、私は一軍を率いて、隣国を一旦占領し、暫定政権を立ち上げる。
多少強引だが、それが一番確実で、最終的には早期に解決できる手段だと私は考えている。
民族や宗教的な違いが大きいので、この国への併合などは考えていないが、最悪我が国の一部もしくは属国にしてしまえば良い。
フハハハ。」
伯爵はさも簡単なことのように、宣戦布告しようとしている。
俺もこの世界についてだいぶ知識は増えたので知っている。
このアーゲンタム伯国は、この大陸の南東の辺境にある小国だ。
そして、帝都のある大陸の中心部との間には、エメル公国が広がっている。
国の中央にエメル山脈が広がっているとはいえ、その領土はこの国の10倍近くある。
そんな国に戦争をしかけて、勝てるものなのだろうか?伯爵は伝説的な英雄らしく、俺には想像できない力を持っているのかもしれないが、勝算はあるのだろうか?
「さて、君たちのところに来たのは、もちろんこの戦いに参加・協力してもらうためだ。
これはこの国のためである。
ここだけの話、マテリアの人生のため、というのが本心なのだが。
まあ、そのあたりは、余計なことなので、誰にも言うなよ。
正直不老不死の私には俗世のことなどどうでも良いのだが、自分が作ったこの国をかわいい娘のマテリアに安心してくれてやるために必要な、私の最後の仕事だ。」
「お父様、私は領主になどならなくても十分幸せです。
それに先日もお伝えしたとおり、他に方法はないのでしょうか?」
マテリアは困ったように伯爵を諌めようとするが、
「いや、今のマテリアには分らんかもしれん。
しかし、きっとその方が幸せになれるのだ。
今は黙って私の言うとおりにするのだ。
良いな。」
伯爵は少し悲しげな顔して、マテリアを諭す。
相変わらずマテリアには甘く、そして弱いこの人が、今回ばかりは自分を通している。
少し間をおいた後、伯爵は本題に入る。