第7節 その2 奈落の怪物
「アンサモンセルフ!、サモンセルフ!」
僕は、とっさに分身を帰還させ、直ぐに目の前に再召喚した。
そして、分身に言う。
「悪いな相棒!時間を稼いでくれ!」
「こりゃ、あっという間にやられそうだぜ。
後でたっぷり文句いうからな・・・・・・」
渋々というよりも分身といえども、目の前の恐怖に、冗談も元気がない。
僕らはまた彼を殿にして、退避することにした。
マテリアを連れて逃げる。
上の階段はすぐそこだ。
「マテリア!急いで階段を上って!!」
僕は分身の様子を見ながら、マテリアを先に逃がす。
マテリアと僕が階段に着いた時、分身は奮闘していた。
怪物の重い一撃。
長剣を鞘に入れた状態で両手に持ち、防御する。
しかし、剣は砕かれ、その衝撃で分身は吹き飛ばされる。
それでも立ち上がる分身の目の前に現れた怪物は燃え上がるマグマのような腕を今度は水平に振う。
激しい熱気を伴ったそのハンマーのような腕が分身をたたきのめす。
もう限界だ。
分身は動けない。
消滅する前に、帰還させるしかない。
十分時間は稼いでくれた。
「アンサモンセルフ!」
僕は再度の帰還を分身に命じ、マテリアと上層階に急ぐ。
階段を上り、下の様子が見えなくなり、とにかく上に昇る僕らの後ろに、奴が追いかけてくる。
「なんで奴は階段まで来るんだ?!」
僕はこれまでにない、魔物の行動パターンに戸惑った。
「マテリア、奴が追ってくる!急いで!」
しかし、マテリアのスピードはこれ以上速くならない。
しかも、この階に来る階段は他の階より長かった。
考えてみれば、あの天井の高さだ。
まだ、半分くらいか。
このままでは確実に追いつかれる。
スライムマンは直ぐには召喚不能だ。
だとすると、再度分身を呼ぶしかない。
「サモンセルフ!!」
僕は限界だった自分の分身に申し訳ない思いで再度召喚スペルを叫ぶ。
しかし、分身は現れない。
とたんに、恐怖心が最大になる。
(・・・・・・さっきの一撃でやられていたんだ・・・・・・)
結局僕はこの分身魔法に頼り切っている。
一人じゃ何もできない。
あいつに恐い思いは全て圧し付け、身代わりにしている。
そして、召喚出来ないときは、決まって恐くなって不安になる。
もう怪物が自分の数メートル後ろまで来ている。
マテリアが階段を昇りきるまで後少しだ。
しかし、このまま追いかけられたままでは、階段を昇っても同じことだ。
隠れるしかない。
「マテリア!昇った後は、行き止まり側の通路に入って!!」
「ハァハァ。・・・・・・わかった!」
マテリアは息を切らしながら、応える。
そして、僕は自分がマテリアのいるところに行くまでに、この最悪の化け物をどうすべきか、懸命に考えた。
時間がない。
とっさにリュックにある食べ物を投げつけた。
食べ物につられるかどうかは賭けだった。
しかし、怪物は何の興味も持たず、その硬いパンを片腕で薙ぎ払った。
パンは焼け焦げ、焦げた臭いを放つ。
その時、怪物が立ち止まった。
パンの方に気が向いたのだ。
臭いが気になったのかもしれない。
確かに、こんな地下深くにパンが作られているようには思えない。
しかもこんな暗い場所で、食べ物を敵からもらえるとは思わないだろう。
それが、どんな理由にしろ、奴が立ち止まっているこの機会を逃す手はない。
僕がマテリアの待つ、階段出口近くにある行き止まりの通路の影に隠れたのは理由がある。
普通に考えて、逃亡する方は、出口に向かって逃げるはずだし、追跡側はそれを追いかけるはずだからだ。
どの道、僕らが逃げきれるスピードではないし、息も持たない。
どこかに隠れるしかないのだ。
息を殺し、身をひそめる。
身を寄せ合い隠れるマテリアの鼓動が聞こえてくる。
僕が隠れるとすぐに、奴はこの47階に現れた。
そしてあたりを見回したかと思うと、僕らが破壊した、この階の魔物の召喚石のあたりに向かった。
そこでごそごそと何かをしたかと思うと、倒したはずの魔物が出現した。
どうやら、召喚石を復元したらしい。
そして、上層階へ向かう方へ歩き出した。
「ちくしょう。
下手をしたら、すべての階の石を復元してしまうぞ。
そうなったら、一からやり直しだ。」
マテリアに小さな声で愚痴を漏らす。
「でも、今なら、下の魔物は一匹じゃない?もし、一番上まであの悪魔が行くなら、その間なら、一匹だけと戦えるし、槍を奪うこともできるんじゃない?!」マテリアが提案する。
(たしかにその通りだ。
これは千載一遇のチャンスかもしれない。
しかし、もしあいつが直ぐに戻ってきたら、挟み撃ちにあい、今度こそ、やられてしまうかもしれない。
いったい、どうしたらいいんだ?・・・・・・)
 




