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第1節 その3 光介の消滅

こっそり持ち出した非常食に養父が晩酌のつまみにしているコンビーフを2缶と、兄にもらったカロリーメイトが1箱あるのだが、いつも手をつけていない。


なぜかこれを食べ終わったとき、僕の人生も終わってしまうようなそんな寂しい気持ちにいつもなるからだ。


そして、自分の持ち物らしい持ち物がないからなのか、どうしてそんなことを考えるのかよく考えても自分にも分らない。


ただ、本当に僕の持ち物はこんなものだ。


お金なんかもちろんないし。


ゲーム機なんてもちろんない。


とはいえ漫画や雑誌などは無人のコインランドリーや古本屋で結構読んだ。


いつも長居するので、実は他の子供たちよりも、よく知っているのかもしれない。


大人向けの本でも何もないよりはましだった。



「ゴホッゴホッ・・・・・・、ゴホッ・・・・・・」また咳が出る。



こんな僕でも夢はある。


目標ではなく夢だが、家族が欲しい。


特にお嫁さんや姉妹に憧れる。


自分は子供なのでまだ自身の娘が欲しいとはこれっぽっちも思わないが、女性に対する漠然とした憧れを持っている。


一緒にいたら、とても優しくなれそうな気がする。


そして僕に対しても優しいのだろうと。


家族を作ったら、きっと優しくする。


そして笑顔の絶えない暖かい居場所をつくるんだ。


そして、いろんな話をしたい。


誕生日を祝いたい、一緒に散歩をしたい。



「ゴホッ・・・・・・、ゴホッゴホッ・・・・・・ゴホッゴホッ」今日はいつもよりも咳が止まらない。


僕の咳は風邪ではない。


肺に悪性の腫瘍があるそうだ。


スモッグの影響か、養父のタバコかいずれにしろ子供がなるような病気ではないが、肺癌の診断を受けている。


検査は中学1年の終業式のあとで、あまりに咳がひどいので、中学校の養護教諭がこっそり病院に連れて行ってくれた。


もちろん、本来なら保護者へ連絡して、というのが教師の、そして大人の義務だが、この養護教諭は僕の家の事情や僕の気持ちを良く知っていた。


だから、教諭の知り合いの医師の所で、費用を抑えて検査を受けさせてくれたのだ。


養護教諭としての経験や知識からなのか、秘めていた不安が的中してしまったと、結果を聞いたときはどっと泣き出してしまった。


僕のことなのに、相当のショックを受けていて、僕は何か申し訳なく感じていた。


その養護教諭の若い先生は僕を抱きしめてくれた。


僕自身はその時はあまり実感がわかず、ぼんやりと立ち尽くして、いつまでも泣いている教諭の暖かい感触をむしろ幸せにさえ感じていて、しばらくこのままでいたいと心の底から思っていた。


人のぬくもりは心が安らぐ。


養護教諭は僕の病気についてすぐにでも養父母に話そうとしていたが、僕から春休みが終わるまで、病気のことを伝えるのは待って欲しいと頼み込んだ。


僕には自分の病気のせいで、心配や特に医療費や高額の金銭的負担を養父母にかけるのが、何をおいても受け入れることができなかった。


最初は聞く耳はもたない感じだったが、僕の切実さが伝わったのか、何か察してくれたのだろう。


少しだけ待ってもらえることになった。




自殺して僕がいなくなってしまえば、そんな負担はかけることは無いな・・・・・・・と時折、実際は一日に何回も考えるけれども、そんなことになったなら、それはそれで余計な負担をかけるのだろうと思うと、踏みとどまる。


ただ、こうして春休みも半分以上終わったが、今もこうして生きている。


そもそも正直言って死ぬのは怖い。


きっとすごく痛いだろうし、それがもっと恐い。


だから自殺をするような勇気なんて持ってなかった。




 ほぼ毎日この場所にきて、将来の自分勝手な理想の家族を夢みたり、自分の病気と、それにより間違いなくやって来る死の恐怖にシクシクと泣き続けることを繰り返すだけだった。


銀の指輪に涙の雫が落ちた。


鉄と違って銀は錆びたりしないだろうという気もするが、念のため涙の水分と塩分を綺麗に拭き取る。


今はこの指輪磨く作業と、きっと持つことはできないお嫁さんや家族を夢見ることだけが、僕の小さな楽しみだった。



「ゴホッゴホッ・・・・・・、ゴホッゴホッゴホッ・・・・・・ゴホッゴホッ」


咳がひどい。


今日はいつもよりひどいようだ。


胸も苦しい。



「ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ」


本当にひどい。


胸も痛い。


こんなに苦しいなら、やはり死んでしまったほうが楽なんじゃないだろうか?そうしたら、生まれ変わってもっと楽しく過ごせるかもしれない。


それがどんな人生でも今よりはましな気がする。



そういえば、最近の僕は《どうやったら痛みがなく、誰にも迷惑をかけずに死ねる》のか、そればかり考えている気がする。



すうっと、そう、一瞬のうちに、何も考えるまもなく、存在ごとなかったことにならないかな・・・・・・。


夜、布団に入って眠った後、朝目覚めることがないような。



消えてしまいたい。




そう思っていたら、目の前に《虹色の光》が現れた。


そして僕は《暗闇》に包まれた。







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