第8節 その4 伯爵の講義(魔法と法具)
「次に2つの世界の違いについて、簡単にまとめよう。」
伯爵はお茶を少し口に含む。
「こちらの世界ミラネルには、機械の文明がほぼない。
エネルギーを電気や火力などに変換して、それ利用した機械で、高度な計算をしたり、乗り物を動かしたり、遠くの映像や音声を自由にコントロールするなど、理解はできてもそのような技術は残念ながらない。
しかし、これからは少しずつ試していこう。
原始的なものはこちらにももちろんあるが、効率良く進化させることができそうだ。
これは貴重な発明につながる。
また別の日にでもいろいろ聞かせてほしい。
そのようなことに適した人間を集めてからになるな。
ふむ、楽しみだ。」
伯爵は目をつむりニヤリとした。
彼なりに胸を高鳴らせているのだろうか。
マテリアにはつい先日まで《死にたい、絶望しかないので眠っていた》、と聞いていたが、そんな風には見えない。
むしろこれからバリバリやろうとしている実業家のようだ。
「しかし、こちらの世界にはあちらの世界にないものがある。
いや、ないものではないな、あちらにもあるのだが、力が違う。
こちらの鉱物・元素はそれぞれの性質を持っている。
そこまではあちらと同じだし、違いはあまりないようだ。
まだ、君の持っていたいくつかの物質、硬貨と指輪ぐらいしかみていないがな。」
伯爵はそこでいったん、間をとった後、
「では、何が違うかというと、こちらの世界には魔力というエネルギーが存在している。
そしてこのエネルギーは、電力や火力といった単一の力と量で表すようなものではない。
もちろん電力・火力それ自体は、力と量以外にも性質を持っている。
電気だったり、火だったり。
しかし、魔力はそれとはちょっと違っている。
まず、その性質を表すもの、具現化させるための媒介が、鉱物であり、その鉱物の特性やこの世界に存在する量・希少価値がその性質の量や力(特性)の精度・強さに影響を与える。
分りやすくいうと、たとえば私が今持っている銀という物質は、そこそこ希少である。
そして、特性として、増幅という性質を持っている。
たとえば私は、そこにいるカルスをこの銀の特性で増幅させているのだ。
私の持っている銀の腕輪はとても純度が高い。
単体としておそらくこの世界で一番だ。
なぜ一番と断言できるかは後で話すが、とにかく、そのような道具を《魔法の道具》、つまり《法具》と呼んでいる。
というわけで、城塞都市やこの塔にいる骸骨兵達は、カルスのコピーといってよい。
ただし、カルス自体も《召喚獣》という特殊な存在でな。
そのような特殊な存在は完全には複製できない。
なので、違いがあったりするのだが。
そう今は、法具の話をしてしまおう。」
光介はカルスの方を見てみたが、もちろんそのことを知っているようだし、何も表立った感情の変化(そもそも骸骨なので非常にわかりにくいのだが)は無いようだ。
「この法具とその元になる鉱石、そして法具から発生される魔力とその結果である魔法。
このあたりが大きな違いとなる。
自然界には魔力が満ちている。
その魔力を集中・変換するフィルターが法具であり、その結果が魔法だ。
法具の元になる鉱物の特性により、魔法は大きく異なってくる。
簡単に説明すると、魔法には大きく2系統ある。
一つは純粋な元素から作られた鉱物によるものだ。
これには特定の対象に効果を与える魔法を発生させる傾向がある。
例えば私の持つ銀やクプラムが主に使っている銅、他にも金・白金などの元素鉱物には、増幅や重力付与、巨大化、加速等の効果がある。
そしてもう一つは宝石のような、複数の元素からできている鉱物によるものだ。
これにはそれぞれの元素が影響し合い、それ自体が特定の効果を生み出す傾向がある。
大体において宝石に類するものは強い現象を発生させる力を持っている。
といっても希少性の無い物は力がほぼ発散されてしまい、効果がほぼ無いのだが。
例えば、ルビー・エメラルド・サファイア・ダイヤモンド等だな。
ダイヤモンドは実は炭素のみで作られたちょっと特殊なものなんだが、これもまた別の機会があれば話そう。
これら宝石は、おもに、純粋な力を具現化する。
例えばルビーであれば、火・炎を発生させる。
ルビーの大きさや純度のようなものにより、発生させられる時間や量・強さ、火でいうと温度になるか、それらに違いがでる。
つまり、これら2系統の魔法がこの世界特有の力の基本である。」
伯爵は自分の白銀の腕輪を光介に見せながら、話を進める。
その腕輪の美しさは目を奪われるもので、全く傷や汚れが無いようにみえる。
もともと銀は食器などに使われる腐食しにくい物質であるのは知っていたが、この腕輪はちょっと次元が違う。
ちょっと欲しいと思ってしまって、伯爵の顔をみたら、今度は特に見透かされていたようではなく、少し安心した。
そこで調子に乗ってしまった光介は、質問をした。
「では、僕がみなさんと話ができるようになったこのイヤリングも法具ですか?」
黙って聞いているべきだっただろうか。
迷った光介に伯爵は特に怒りもせずに応えてくれた。
「もちろん、そうだ。
それは水晶だ。
水晶はテレパシーのように意志を伝える。
この力が法具発展の元になっているのかもしれないな。
ふむ。
水晶はあまり希少性の高いものではないので、この簡単な作用しかないようだがな。
意志疎通というレベルの実現にはあまり大きな魔力は必要ないのかもしれない。」
伯爵は光介の疑問に答えると、話を戻した。
「法具について最後の話をする前に、今の質問に関係のある、君の世界とこちらの世界の大きな違いのもう一つを話そう。」




