第7節 その2 伯爵の手術
良い人間に街を任せたからといって、必ずしもその街の運営が上手く行くわけでも無い。
それは、この城塞都市の現状が物語っている。
この国の第2位の地位と城塞都市を任された子爵であるクプルムは優秀な副官だった。
かつて300年前に起こった《人魔大戦》とよばれる大きな戦争の際も、一緒に戦いその後この城塞都市をともに築いた。
そして、そのクプルム自身が、この国と城塞都市の現状を簡潔に手紙に書いているとおり、街は荒廃している。
クプルムは伯爵に対し、自分の政治力や人望、力のなさを恥じている。
しかし、伯爵はクプルムに対し、怒りや叱責をするような気持ちは微塵もない。
むしろ自分勝手なわがままで市民や自らの責任を放棄したことに対する呵責の念の方が強い。
この街の住民たちのことを何も考えていなかったのは私ではないか。
塔から5分もたたず、伯爵はクプラムと光介がいる、マテリアの家に着いた。
家の前に着地した瞬間の振動のせいか、マテリアが目を覚ました。
「あれ、お家・・・・・・」そして、眠そうな顔で伯爵の顔を見る。
「おお、起きたか娘。
お前の望みをきいてやろうと思ってな。」
マテリアは気が動転しているのか言葉がでない。
そしてマテリアが話すよりも早く、伯爵はノックもせずに、ドアを開ける。
「失礼する。
クプラムはいるか?」
ぐっすりと寝入っていたクプラムは、200年ぶりに会う国の長の声を聞いても一瞬誰だか分らなかった。
「ワシのことクプラムと呼ぶのは誰か・・・・・・ああああ、あなた様は・・・・」
寝ぼけていたクプラムは一瞬で目が覚めた。
200年ぶりという年月が一瞬で過ぎ去ったかのように記憶がよみがえる。
何も変わらない姿。
「ひさしぶりだな、クプラム。
老いたのう。
美しかったそなたも年には勝てぬか。」
伯爵は残念そうに失礼なことを老婆にいう。
伯爵の目を見ながら、クプラムは感極まった声で言葉を絞り出す。
「伯爵様。
お久しぶりでございます。
生きている間にお会いできて、こんなに嬉しいことはございませぬ。
ううぅ。」
クプラムは泣き出してしまった。
「ふむ。
私も嬉しいぞ。
さて、クプラム。
そなたの手紙は読んだ。
まずはこの娘が助けろというコースケとは・・・・・・そこに寝ている子供のことか?」
そういいながら、伯爵は光介の元に近寄り、全身を赤い眼光で見下ろしている。
「クプラムの見たてどおり、肺に腫瘍がある。
しかも一つではない。
たしかに手遅れだ。
しかし、この娘と話をするにはまずこの子供を治療せねばなるまい。」
伯爵はそういうと仰向けに寝ていた光介を横向きにし、左手を前に出させる。
そして、自分の両の手を胸の前にかざし、ぶつぶつ言い出した。
伯爵の両手が白銀の手袋のようなものに覆われたかと思うと、その手を光介の背中から胸に突き刺した。
「キャー!!!」マテリアが思わず叫ぶ。
伯爵がその白銀の手を素早い動きで3~4往復した後、両手を、また自分の目の前に持ってきて、ぶつぶつ呪文のようなものを言ったとたん、その銀色の手袋は無くなっていた。
「これが、この者の腫瘍だ。
これですぐに死ぬようなことはない。」
伯爵はマテリアの方をチラリとみて微笑んだ後、小さな血の塊を数個クプラムの近くにあるテーブルに置いた。
マテリアは、伯爵の手術(結果的には手術なのだろう)が終わるまで叫んだり呆然としたりしていたが、伯爵のその言葉を聞いて安堵で声を出して泣き出してしまった。
クプラムはマテリアを抱き寄せ、よしよしと背中をさする。
「目を覚ましたら、一日やすんでから、私の処に来い。
今度は私の願いを聞いてもらう番だ。
良いな。」
そういうと伯爵は、家を出てあっという間に遠くの空に消えていった。