第7節 その1 伯爵の目覚め
アーゲンタム伯が200年ぶりに棺桶の外へ出た。
粉々にくだけたガラスのような破片を振り払い、首や腕をぐるぐる回しながら、神経が正しく接続されているか確認しているかのように、体を動かしている。
「カルス、私は自分の体の一部を使ってこの棺桶を作った。
不老不死の私が、永遠の眠りにつくためだ。
そう、それ自体は《死》ではない。
思考を停止し世の中の誰かに影響を与えることなく、存在しているだけ。
実際何もせずに眠り続ける私は死んでいるようなものだ。」
伯爵はカルスに語りかけてはいるが、同時に自分が過去にしたことを思い出し、確認しているのかもしれない。
「そして、もうひとつ。
もし私を目覚めさせるものがいたならば、その棺桶を壊した能力で私が死ぬことが可能になるということだ。
そして私はそれ(私の破壊)を依頼するつもりだ。
つまり、その者が現れるまで結局はこの眠りから目覚めることはない。
故に、私は死を待つ永遠の眠りに入ったはずなのだ。」
伯爵は棺桶の横にある書斎の机の椅子にかけながら、当初の目的を整理した。
「そして、今私は目覚めた。
つまり、それは誰かこの私を殺せるものがここに来たということを意味している。
そうだなカルス?」
伯爵は念を押すように問いかける。
「はい。
伯爵様。
ここにいる娘が、この棺を割ったのですだ。
どうやったかは分りませんが、その娘がつけている指輪のあたりからヒビが入り、棺が割れましたです。」
カルスは、伯爵に話したいことや、聞いてもらいたいことがたくさんあったが、今は伯爵の質問に答える。
カルスの中には、条件反射もしくは絶対服従ともいうべき伯爵への忠誠心が根底にある。
無意識にそういう風に心も体も動くのだ。
「この娘の指輪だと?」
伯爵は、怪訝そうな面持ちで娘とその左手にはめられている指輪を眺める。
「ただの銀の指輪ではないか?なぜこれが?」伯爵は納得がいかないとばかりに指輪に手を伸ばす。
眼光からは指輪を貫くような鋭い視線。
その視線が指輪を貫いた瞬間、伯爵は驚愕の表情を浮かべた。
「・・・・・・これは、この指輪の中には・・・・・・これが《オスミウム》なのか?」
伸ばした手を止める。
「カルス、私の棺を壊した理由が分かったぞ。
この指輪の中に、銀に包まれたその中に、《オスミウム》という物質がある。
それは私が存在を予見し、100年の間探し、練成を試みた物質。
まさか、このように綺麗な物質だったとはな・・・・・・。
この青銀の物質のみが私を破壊できるのだ。」
伯爵は、今度はなんともうれしそうに微笑み、カルスには見えないその物質について説明する。
「伯爵様、そんだば、すぐにでも自害されてしまうんだべか?」
カルスは心配になり、伯爵に問う。
「もちろんだとも、我が僕カルスよ。
しかしだ。
この娘はなぜここにいるのだ。
私に用があったのではないか?勝手に死んだのでは、あまりにも無粋であろう。」
伯爵に焦りのようなものはない。
むしろ、なぜこの指輪が存在するのかが、気になってしょうがないようだ。
「伯爵様、その娘が持っていた手紙があります。
クプルム様からのものですだ。」
カルスは、伯爵に少女が持っていた手紙を渡した。
それはマテリアの先生でもあり、城塞都市を任されているクプルム子爵からのものだ。
「何?クプルムだと?」とつぶやき、手紙を読む伯爵。
そして顔色もかえずにカルスに応える。
「大体の事は分かった、子供相手に取引をしようとも思わんが、まずはその少年の下に、急いだ方が良さそうだ。
城塞都市にいくぞ。
クプルムのところへ向かう。
カルス、お前は骸骨兵達皆に私が目覚めたことを伝えておけ。
後で皆に挨拶がしたい。
しばらく待て。
良いな。」
伯爵は死に急いでいるわけではない。
また話ができる。
カルスは喜びに震えながら頭を垂れた。
「仰せのままに。
お待ちしておりますだ。」
「うむ。」
カルスの返事を聞くや否や、少女を抱きかかえると、伯爵は塔の窓から飛び降りる。
そして、飛ぶように(実際に伯爵は飛べるわけではないが、そのゆうに10メートルはあろうかというジャンプと柔軟な体で)、塔から城塞都市へ飛び出していった。