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第1節 その2 光介の秘密基地

工場地帯が続く臨海地域のこの街は大きな産業用の道路が中心を貫いている。


家から歩いて20分程度かかるが、不景気と公害の影響で廃ビルや廃工場などが多いこの付近で、もっとも《僕にとって》安全で落ち着ける建物がこの秘密基地だ。


基地といっても廃校になった小学校であり、僕が一年前まで通っていた母校だ。


少子化の影響か、そもそもこのあたりの環境を嫌ってか、僕が卒業した年で廃校となった。


周りの建物もそうだが、使い道もなく、そして何もない空っぽの学校を警備する費用などはないのだろうか、見回りの警備員などは見たことが無い。


僕はいつものように錆びついた校門を乗り越え、学校の中に侵入する。


ここには電気や水道は通っていないが、僕にとってこの上なくリラックスできる空間を提供してくれる。


一時期暴走族の溜まり場になっていたのか、1階や2階の一部はゴミや落書きで荒らされている。


ただ、3階のこの理科準備室は荒らされずに残っている。


人体模型や三角フラスコ、アルコールランプなど理科の授業で使う定番の器材は一切残っていない。


黒板の前にある教卓と僕が以前持ち込んだ座布団が一つあるだけだ。



 僕がいつも潜りこむ教卓の中には、小学校では習わないはずの《元素周期表》が書かれた古い下敷きがある。


他に何もないので、僕はこの周期表をなんとなく見ることがあるが、あまり面白くない。


ただ疑問はいくつか出てくる。


なんでこの順番なのか。


なんで《金》や《銀》はあるのに、《真鍮》はないのか。


僕は5円玉の材質であるらしいこの綺麗な金属の名前をたまたま知っていた。


《金》に似ている。


ちなみに金はAuってなっているけど、GOLDじゃない?プラチナはPtだからやはり英語なのか。


そんな感じだ。


そんな疑問も誰かが応えてくれる訳ではないので、それで終わり。



 「ゴホッゴホッ・・・・・・、ゴホッ・・・・・・」咳が止まらない。


ただ、今は周りを気にしないで咳ができる。


喉が痛くなるので、わざと大きくせき込んだりはしないけど、精神的にはだいぶ楽だ。


ここにいるとあまり周りの音が聞こえないのだから、きっと僕の出す物音や咳なんて誰にも聞こえていないだろう。


緊張していた体の力が抜けていく。



 小学校の実験で使った電池と豆電球を使った明かりはこの暗い部屋の教卓の中を照らすには十分だ。


いくら廃校とはいえ、外から明かりが見えたら誰か来てしまうかもしれない。


もし、警察のお世話になるようなことになってしまったら、養父にどれだけ怒鳴られるだろうか。


考えるだけでも恐ろしい。


気を取り直し、僕はリュックサックから小さな巾着袋を取り出した。


そして、その中から銀の指輪2つとその指輪を拭くための厚手の布を取り出し、ひとつを巾着袋の上に置き、もうひとつを布で拭き始めた。


かれこれもうどれくらい磨いただろうか?僕がこの指輪を養母からもらったのは一年前の小学校卒業を控えた春のことだ。


「卒業式には仕事があって出られないの。

だから忘れないうちに渡しとくわね。」と、こっそりと僕に渡してくれた。


卒業祝いのつもりだったのだろうか。


僕の実の両親の形見だそうだ。



 この小さな巾着袋と、指輪を磨くための布は家庭科の授業で作った。


僕の裁縫道具は全部そろっていないので、捨てられていた余りものの布と、同じく余りものの糸をこっそり放課後の誰もいなくなった教室のゴミ箱から拾ってきた。


最後の家庭科の授業が裁縫の時間で良かった。


そうして僕はこの指輪を磨きだした。


最初は黒ずんでいる、ただ鉄の輪ぐらいにしか思っていなかったが、こうして一年近く磨き続けて取り戻した光沢は、僕でもこれが貴金属だとわかる。


おそらく銀だろう。


さすがに結婚指輪(おそらくそうだろう)がただの鉄製というのは夢がないと子供心に感じていたので、光沢が出始めた時は、思わず「おおおっ・・・・・・」と声を出してしまうほど、こころが弾んだ。


最初はやることが無く始めたこの作業だったが、どんどん綺麗になっていく過程は楽しく、ほぼ磨き終えた今でも愛着を感じて続けている。



そんな作業をしていたある日、この指輪の内側に何か彫ってあるのを知り、そして、今はそれが親の名前であることも分った。


だいたいの姓名も知ることができた。



 SHIROGANE KOU、

SHIROGANE ***

 

母の名前は読めない。


この部分だけは、まだ磨きが足りていない。


実際それが終わってしまうのが嫌で、楽しみにわざと残していたのかもしれない。


姓は白銀しろがね


実感なんてわかないが、今の養父母の姓とは違った。


名前にも記憶はない。


実母は養母の妹と聞いていたが、親族の葬式の際に、話で出てきたことがあるので、かろうじて実母の姓は知っている。


名前はおぼろげに飛び交っていたような気もする。


記憶違いかもしれないが。


確か、《あおい》だったと思う。



「ゴホッゴホッ・・・・・・、ゴホッ・・・・・・」咳が出る。



お腹も空いたし、もう眠い。


ここはもう4月になるというのに、とても寒い。



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