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第6節 その4 伯爵の部屋

 伯爵の間は幅も奥行きも20メートルほどあるだろうか、かなり広い部屋で、部屋の左手の隅には書棚と書斎がある。


右手の隅には、よくわからないビンやガラス管のようなもの、金属製の秤などが雑多に置いてある。


そこにも机があり、黒板がかけられ、何かよくわからない文字や記号が書かれている。


そして、正面奥に伯爵は眠っている。


顔の色は白く、髪は眩しいような銀髪だ。


銀で出来た髪かもしれない。


そして全身黒ずくめの服を着て静かに横たわっている。


大きな台座の上に、ガラスのような薄い黄色がかった透明の棺桶の中で。




マテリアはそのガラスの棺桶まで走りだし、ノックしてみた。




「あの、私マテリアといいます。


ご領主様お願いがあります。」


反応はない。


もう一度叩いてみる。




「あの、お休みのところもうしわけありません。」


しかし、一向に反応はない。


ただのしかばねのようだ。




何度か繰り返しているうちに、本当に死んでいるとして思えなくなってきて、途中から無我夢中で叩いていた。




「起きてください!お願いです!起きてください!」


しばらくして、息が切れ、叩く手が止まったところで、隊長が声をかけてきた。




「そのガラスはなぁ、オラたちが思いっきりぶったたいても、ひび一つはいらねえんだ。


オラたちだけじゃねえ、帝都の大使が連れてきた力自慢の魔族がこの大陸一堅いと言われている材質の武器でぶったたいても壊れなかった。」


その話を聞いて、マテリアはコースケが以前話していたことを思い出した。


今こそ、ここへ来る前に準備してきたものを使うときだ。


それはコースケにこの国の領主様は不死の伯爵だという話をしたら、教えてくれたことだった。


こちらの世界には不老不死なんていないけど、コースケの世界では《不死の伯爵》といったら、有名らしい。


不死の怪物はドラキュラ伯爵といい、


1.銀で作られた武器で殺せる。


2.ニンニクが苦手。


3.日光を浴びると灰になってしまう。



つまり、ご領主様が何かのきっかけであちらの世界で伝説になったのではないか。




ということを言っていた。


銀の武器はコースケの仕事の場へ立ち寄り、マスターに借りてきた。


武器といってもナイフだ。


高価な食器としてたまに作ることがあるらしい。


そして、ニンニク。


これは家にあった。


保存がきくので大抵どこの家でも保存食としてとってある。


最後の日光だが、ここの部屋のカーテンを開ければ、ちょうど今の時間なら日の光は簡単に入りそうだ。




マテリアは早速カーテンを開けて日光を入れる。


そして、ニンニクを棺桶の上に置き、ナイフを棺桶に力いっぱい突き付ける。


ナイフは棺桶の表面をこすり、鋭い衝撃音を発したかと思った瞬間、マテリアの渾身の一撃をそのまま受け流してしまった。


要はすべったのだ。


突き刺さるどころが、傷一つつかない。


日の光もニンニクも効果はないようだ。




「おめえ何やってんだ。」


隊長がマテリアの行動に疑問符をうつ。




「だって。


銀に弱いはずだって、コースケが言ってたから・・・・・・」


マテリアは半べそをかいている。


なんとかなると思っていた方法が全く効果がないという結果になってしまった。


マテリアとしてはこれが唯一の作戦だった。


ここを目指したのも、この作戦があったからだった。


しかし、あっさりとそれは失敗してしまった。


全身の力が抜ける。




「もう!お願い。


お願い。


起きて。」


マテリアは、やみくもにドンドンと両手のこぶしを振りおろし、家に入れてもらえない子供が扉を開けてもらうのをせがむように、叩き続ける。




「・・・・・・」


隊長はそんなマテリアの後ろで、手を伸ばそうとしては、ひっこめている。


もうマテリアは号泣していた。


涙がほろほろおちる。


自分には結局なにもできなかったのか。


先生にできないことをできると思うなんて、やっぱり家に残りコースケの傍にいればよかったのか。


もうなにもかも上手くいかない。


マテリアは、そんな悔しさでいっぱいだった。




しかし、伯爵の顔もガラスケースも何も変化は起きない。


200年の時を経て、傷一つないこの棺桶は、少女がどんなにがんばったところで、なんとかなるようなものではなかったのだ。




ドンドン。


ドンドン。




・・・・・・マテリアが疲れて叩くのをやめている時だけ、塔はいつもの静けさを取り戻す。




ドンドン。


ドンドン。




・・・・・・


ドンドン。


ドンドン。




・・・・・・




・・・・・・


・・・・・・


太陽が西に沈み、空がオレンジ色になった頃、骸骨兵隊長カルスは、長い静寂の後、久しぶりにこの部屋を訪れた珍客、小さな少女の様子を覗き込んだ。


どうやら疲れきって寝てしまったらしい。


この不憫な少女が、伯爵を起こすことができると信じていたわけではないし、むしろ無理だろうと思っていたカルスは、風邪をひかないようにと部屋の隅においてある毛布を取りに行った。


それほど、新しい毛布ではないが、汚れてはいない。


この白銀の塔は建物の構造と骸骨兵の日頃の手入れにより、清潔に保たれている。




「かわいそうになぁ。」


そういって、カルスが毛布をかけたとき、信じられない光景が目に入った。


棺桶にすがるように寝ている少女の指のあたりからガラスにヒビが入っている。


そして、そのヒビは大きな亀裂になっていく。




カルスがマテリアを抱き上げた刹那、その200年を経て傷一つつかなかった棺桶は、バラバラと崩れ落ちた。


その崩れ落ちる棺桶の内側からこの国の領主である伯爵アーゲンタムが露わになる。


カルスが驚愕の思いで、アーゲンタム伯を凝視していると、その両の眼が開かれ、赤い瞳がカルスを睨んだ。




「・・・・・・私は、・・・・・・寝ていたのか?ずいぶんと長く・・・・・・・」


アーゲンタム伯が自分の状況を思い出すのに、それほど時間はかからなかった。




「カルスではないか。


そこで何をしている?」


カルスは言葉が出せない。


驚きと喜びと不安と期待といろいろな感情が入り混じり、何から話をしたらいいのか分からない。


200年待ち続けて、伯爵が目覚めた瞬間、自分は何を話すはずだった?あれだけ考えていたのに、なぜ口からでないのか?カルスはそんな自分が不思議でしょうがなかった。




アーゲンタム伯は、まあいい、とでもいうように起き上がり、今度は少し怪訝な顔をしてカルスに問いかける。



「カルス・・・・・・ところでなんだ、この臭いは?」


あからさまに嫌そうな顔で訊く。


伯爵は、ニンニクの臭いはあまり好きではないようだった。


この少女が唯一成功した作戦に、200年ぶりにカルスは何か微笑ましく思っていた。


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