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第5節 その1 唯一の希望

 ろうそくの火が風に揺れ、壁に映った影が何かおそろしい生き物のようにも見える。


自分の家で夜中に目が覚めることなどほとんどないので、マテリアは自分が今どこにいるのか、一瞬よくわからなかった。


ハッと我に返り、上体を急いで起こす。


あたりを見回すといつもの家の同じ情景だ。


ただ先生がこちらを優しいまなざしで見ている。


どれくらい眠っていたのだろうか。




「先生、私、どれくらい眠っていたの?・・・・・・コースケ!コースケは大丈夫?!」


事態を思い出し、たたみかける私の隣にゆっくりと先生は腰かける。


私の頭を撫でながら、先生はゆっくりと話始めた。




「あの子なら大丈夫じゃよ。


薬が効いてよう眠っておる。


朝までは起きないはずじゃ。」


その言葉を聞いたとき、とても深いため息が体の奥の方から、ゆっくりと出てきた。




私の高鳴っていた胸も、いっきに落ち着いた。




「ふふふ。


分かりやすい子じゃ。


でもこれから先生の言うことを良く聞くのじゃ、マテリア。


そうしておぬしは、これからどうするのか決断しなければいけない。


自分で決めるのじゃ。」


先生は少し厳しい顔つきになり、私に語り続ける。




「さっきも教えた通り、わしには、それどころか、この大陸で一番の帝都の医者でも、この子を助けることはできないでじゃろう。


そう、普通の医療では無理なんじゃ。」


先生は、落ち着てはいるが少し悲しげに、ものすごく残酷な現実を突き付ける。




「でものう、マテリア。


この国のご領主様なら、この子の病気を治してくれるかもしれない。


あの方は医師とはちょっと違うのだけども、もう何百年も、もしかしたら1000年以上生きておられる方。


もうずっと昔に一度、あの方のご友人がこの子に似た病気になったとき、そう大きな腫瘍が体にできたとき、不思議な力でその腫瘍を取り去ったそうなんじゃ。


だからきっとあの方ならこの子を救えるとわしは信じておる。」


先生は厳しい顔をしているが、私の中で、かすなか期待が生まれ、そして胸が高鳴る。


コースケが助かるかもしれない。




「先生、本当? 私、今とても嬉しい。


もう駄目かと思ったのに。


それじゃコースケは助かるんでしょ?」


先生は、厳しい顔を崩さない。


そうじゃよ、と言ってくれる時のいつもの優しい笑顔はそこにない。


私はその悲しげな先生の表情を見ているとさっき生まれた期待が一気に不安に変わってしまった。


その不安を隠さない私に、先生は応える。




「マテリア悪いのう。


その子を助けられるかどうかはわしには約束はできん。


むしろ助けられる可能性は残念じゃが、かなり少ない。」


先生は顔を伏せる。




「・・・・・・どういうことなの?先生」


私は焦る。


先生に苛立っても仕方がないが、そんな冷静にはいられない。


先生の袖にすがる。




「ご領主様にお願いすることができれば、あの方はきっと手を差し伸べてくれるじゃろう。


とても偉大でお優しい方だから。


じゃが、今も、もう気が遠くなるくらい長い間、あの方は心を病んでおられる。


自分が市民に危害を与えんように、街の治安は骸骨兵に任せ、自身はご自分の城である《白銀の塔》に閉じこもっているんじゃ。


そして、もう200年もそうされておる。」


先生は悲しそうな顔をする。


まるで自分の大切な家族のように話す先生。




「私も含め、もう何人もの人々、隣国や帝都の大使が訪ねて、ご領主様であるアーゲンタム伯にお会いになろうとした。


そしてこの大陸の数々の問題を解決して頂こうとしたんじゃよ。


それぐらいあのお方はすごい力と名声をお持ちじゃ。


でも駄目じゃった。


無気力になられたご領主様はたとえ帝都の皇帝陛下のお言葉でも耳を貸さなかった。


もともと皇帝陛下に対しても、特別な畏怖の念や忠誠心をお持ちではないからかもしれないじゃろうが、もう既にこの小国を任される者としての責務すらも、もうどうでもよくなってしまったのかもしれんのじゃ。


それくらい深い深い心の闇の中に落ちてしまったんじゃ。


この国の副官である子爵のわしには、少しだけ心を開いてくれていてのう。


ずいぶんこれも昔の事になるんじゃが、その本心を話してくれたのじゃ。


『あいつのいない世界に何の未練もない。


もう、何も考えなくて済むようになりたい。


静かに死にたいのだ』と。


そして、


『しかし私は不老不死。


自分の死に方すら知らない。


ならば、誰が私を殺してくれるまで、この塔で静かに眠らせてくれ。


勝手とは分かっているが頼むぞ、クプラム。』


とな。


・・・・・・ううっ。」


領主様の思い出がよほどつらいのだろう、先生は涙を流す。


先生が泣いているのは初めてみた。




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