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第3節 その5 光介の指輪

それからさらに一か月が経ち、この世界では4月になった。


春だ。


給金も銅貨5枚になり。


だいぶ生活も楽になった。


多分のこの街の平均的な生活レベルになっただろう。


そもそもが、つつましい生活を皆がしているだろうことは容易に想像できたが、質素な生活でも僕やマテリアにとっては十分に幸せだった。


そんな生活にも慣れてきたある晩、いつもより咳がひどく、マテリアが心配そうに声をかけてくる。




「大丈夫?コースケいつも咳をしているけど、病気なんじゃないの?本当は?大丈夫?お医者さんいこうよ。」


もちろん、この世界の医者に行けるぐらいの(おそらく)蓄えはある。


ただ、この病気のことを医者に看破され、マテリアに知られることになったら、いや、それだけは考えたくない。




「ううん、まー昔からだから気にしないでいいよ。


癖みたいなもんだから。」


そうマテリアに応えるも、


「『なーんだ癖なんだ。


じゃ大丈夫だね。』なんて思うわけないよっ!」


マテリアは余計心配している。


思い切って言ってしまうか。


それはできない。


もし、僕が死んでしまった後でもマテリアが一人で生きていけるように、僕は頑張って働いて貯金している。


そして少しでもマテリアが文字を覚えて、仕事につけるようになるまでは死んでしまうことはできないし、そんなそぶりもみせられない。


でも本当は違うと自分では分かっていた。


僕がいなくなったら、マテリアはどうやっても悲しむし、僕も大切な家族・妹(きっとそんな存在みたいな女の子)と別れたくない。


でもそれは僕が頑張ってどうにかできることではない。


病気は悪化しているだろうし、きっと何年も生きられるはずもない。


せめて何かを彼女に残したい。


そして彼女が一人前になるまでそばにいたい。


いや、本当はずうっと一緒にいたい。


もう僕にはこの生活がなによりも大切なものになっていた。


自分たちで作ったこのささやかな生活を壊したくはない。


そしてマテリアを悲しませたくない。




死にたくない。




死にたくない。




死にたくない。




生まれてから一番今が幸せで、そして死にたくないと思った。




怖い。


死んでしまうのが。




怖い。


マテリアと会えなくなるのが。




怖い。


この生活を奪われるのが。






 しかし、そんなことを思ってもどうにもならない。


僕は、自分のこの気持ちのやり場に困った。


そして、マテリアに言った。




「マテリア。


僕は病気じゃないけど、人間いつか死んでしまう。


もしかしたら、事故にあうかもしれないし、急病になるかもしれない。


そして、もし、僕が死んで、長い時間がたってしまっても僕は君の家族だったと覚えておいて欲しいんだ。」


「忘れないよ。


コースケはお姉ちゃんと一緒。


私の家族。


それにそんなこと言わないで・・・・・・えーん。


いやだよ。」


マテリアは不安がさらにましてしまったのか、怯えて泣き出してしまった。


申し訳ないことをしてしまった。


もう僕にできることはこれくらいしかない。




「マテリア。


これは僕の死んでしまった両親の形見なんだ。


どんな顔で、どんな声かも覚えてもいないんだけれど、記憶もないし、記録もない。


だけどこの2つの指輪だけは残っている。


だから、君にこの指輪を片方もらって欲しいんだ。


家族の印として。


・・・・・・そして、万が一、きっとそんなことはないのだけれども、僕がいなくなっても、ずっとこの指輪は残るよ。


君が失くさなければね。


ふふ。」


僕はふと笑ってしまった。


なくしてしまったら、それはそれで、マテリアがもう僕のことは必要がないくらいに一人前になっているかもしれない。


それはそれでいいではないか。


どちらにせよ、これを渡すことで僕は、僕自身が幸せになれる気がした。




「・・・・・・いいの?本当?・・・・・・うん。


大切にする。


絶対失くさない。


でもそれはコースケが死んでいいよということじゃないからね。」


マテリアは、いつもの怒っているのか笑っているのか、そして泣いているのか分からないような表情をしているが、嬉しそうだ。




「じゃあこれ。


本当は薬指につけるものらしいけど。


僕も君も子供だから中指でなんとか落ちないかな。


つけてみて。」


ありがとうというマテリアの左手の中指にそっと指輪をつけた。


母の指輪だ。


そして、僕は父の形見を自分の左手の中指につけた。


初めて指輪というものをつけたが、ちょっと違和感がある程度だ。


何故か、むしろその違和感こそが、大切なマテリアとの絆を気づかせるような、そんな気持ちになれた。


そして僕たちは、きっと本当の家族になった。


そしてこれからもがんばろうという矢先、激しい咳が止まらなくなった後、僕は血を吐いて倒れてしまった。







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