第3節 その4 マテリアのマスター
そうして僕が、この世界(マテリアに聞いたところ《ミラネル》という名前らしい)にきてから、1か月が経っていた。
僕は毎日の仕事にも慣れてきて、マスターからも、
「いやー、コースケが来てから本当に助かるし、楽させてもらっているよ。
もう少し仕事の引き受ける量も増やすかね。
そしたら、日給も銅貨4枚から5枚に増やすからな。
そしたら、お前も大人一人前のかせぎと同じになれるぞ。
頑張ってくれよ。」と言ってくれる。
実際に入った時はみならいで銅貨2枚だが、一週間ぐらいしてからは、3枚に増やしてくれた。
そして1カ月たった今は、荷物運び以外の補助もいろいろし始めて、弟子として頑張っている。
お店の生産性と売上が上がったのは確かで銅貨も4枚に上げてくれた。
一般的な大人の日給は銅貨5枚~10枚(銀貨1枚)ぐらいのようなので、ほとんど大人扱いしてくれているのだ。
「行ってきます。」今日も働きに出かける。
マテリアは僕に必ず返事をしてくれる。
僕はつい嬉しくてニヤニヤしてしまう。
「行ってらっしゃい。
そろそろ、コースケが来たときに買った食べ物も無くなるから、今日は買い物に行ってくるね。
何か欲しいものある?」
マテリアはここのところ、自分の服(こちらの世界用に買った服)が激しい仕事で
すぐに破けてしまうのでそれを裁縫してくれたり、文字の勉強を少しずつだが、始めており、ずっと家に閉じこもっていた。
たまには買い物にでも出かけて楽しく過ごしてほしい。
「そういえばマテリアの服はなんかぼろっちいぞ。
新しいのをかったらどうだい?昨日から給金も増えたことだし。」
1~2日分の給金でこどもの服は十分買えるはずだ。
「えっ?そうかな、ぼろっちぃい?やだな・・・・・・でも、いいの?・・・・・・よし買っちゃうんだから。
いいーだ」
むすっとしたと思ったら、やっぱりうれしそうで。
こんどはすまなそうにしたり、また怒ったり。
マテリアはコロコロ表情を変えている。
「もちろんだよ。
鍵はするんだよ。」
「はーい。
・・・・・・ちゃんとできるもーんだ。」
マテリアはすでにどんな服を買おうか考え始めているらしく、心ここにあらずだった。
僕はそんな楽しそうなマテリアを眺める幸せにひたりながら、家を後にした。
先日、就職先が決まったことへのお礼のつもりで役場のおばあさんを訪れたときに、なんとなく相談してみた。
マテリアを雇ってくれるようなところはあるのか、と。
すると市長であるこの優しいが凛々しくもある老婆は、少し考えた後、
「まずは小さな女の子働けるようなところはないね。
しかもマテリアのような何も取り柄のない子ではね。
これはマテリアが悪いんじゃないよ。
むしろあの年で、家事を一生懸命頑張っているマテリアはとても偉い子だよ。」
そうだ。
僕は予想していた答えを聞いてがっくりきたが、マテリアをほめられてとてもうれしかった。
「ただ、文字の読み書きができるようになれば話は別だ。
大人でも文字の読み書きができる者はこの街には少ない。
必要ないのかもしれんがね。
もし読み書きができるようになったら、私のところにくれば相談に乗ってあげられるはずじゃよ。
たとえばこの役場も記録係が不在でね。
日に銅貨3枚程度なら雇ってあげられると思うよ。」
なんと、この役場で働けるなんて。
そんなに素晴らしいことはない。
「文字の読み書きってどれくらいで覚えられますか?マテリアだったら。」
僕は追い立てるように質問した。
「ふうむ。
あの子ならどうかね。
正直わからんね。
もし銀貨1枚準備できたら、私が教えてあげてもいいがの。
教科書、ノート、筆記用具で銀貨1枚は必要じゃ。
特別に毎日の授業料はサービスで出世払いの《ただ》にしておこうかのう。」
「本当ですか?銀貨1枚ならなんとかなります。
いや、しますので、明日にでもマテリアに来させていいですか?」
「明日からとな。
慌てなさんな。
といっても、もういってもきかなそうじゃのう。
わかった、わかった。
いつでも来なさい。
勉強道具は私が明日にでもマテリアと一緒に買い出しに行ってあげよう。
ふふふ。」
実はこの老婆も嬉しいのではないだろうか?とても楽しそうに見える。
「ありがとう、市長さん。
マテリアきっと来ますから。」
僕がいうと、
「分かった、分かった。
ただし、マテリアに言っておきなさい。
明日から私のことをマスター(先生)と呼びなさいと。」
どこかで聞いたやりとりをした後、僕は家に帰ってマテリアへ役場での話をマテリアへ伝えた。
文字の勉強が出来れば仕事ができること。
役場のおばあさんが教えてくれること。
そして、銀貨1枚(これは僕のおこずかいをためていたもの)を封筒に入れて中身は言わずにマテリアに紹介状だと言って渡した。
マテリアは、自分が働けることで大喜びだった。
しかも文字の勉強なんて夢のようだと。
当たり前のように義務教育で勉強していた僕にはあまり笑えなかったが、やっぱりマテリアが喜んでいるとうれしい。
ああ忘れていた。
僕は大切な注意付け加えた。
あと市長のことは、おばあさんではなくマスターと呼ぶようにと。




