第3節 その1 紹介状
城塞都市の西門からまっすぐ街の中央通りを歩いて行くと、途中に役場がある。
ここは、この街では普通の大きさの建物で3階建ての古いがどことなく威厳のあるたたずまいをした公共施設だ。
ここからさらに中央通りを進むと中央広場があり、古い噴水や大道芸人などがたまに現れては、この元気のない街にしては明るい楽しげな場所となっている。
しかし今日はこの役場に来たのだ。
いつか仕事が決まり、落ち着いて休める日が来たらマテリアを連れてゆっくりしたいものだと想像しながら、目の前にある役場の門を開いた。
役場の中には、何体かの骸骨兵が休んでいたり、体の修理?のようなことをしている。
受付と思われる場所は、あの老婆が一人いるだけで、他の窓口のような場所には、誰もいない。
昼休みという時間でもないので、もともといないのだろう。
僕は老婆の所へまっすぐ向かい、なんて挨拶しようかと考えていると、老婆の方はもうとっくに気付いているらしく、先に声をかけてきた。
「こんにちは。
元気かい?」
老婆は少し嬉しそうな声で、僕に声をかけてくる。
「マテリアちゃんの護衛さんは、今日は何のようかの?」
護衛。
そうかこの間のチンピラに襲われた事件を骸骨兵から聞いたのか?というかそもそも骸骨兵と話せるのかな?まずは話をしなければ、
「こ、こんにちは、おばあさん。
先日はアドバイスありがとうございました。
その、えっと、教えてくれたとおりにできました。」
人と、特に大人と話すのは苦手だ。
僕は、まず先日の相談結果がとても上手くいったことのお礼を言った。
そして、本題に入る。
「き、今日はまた、相談があって来たのですが、その前に」
僕は自分の好奇心に勝てず、先ほどから気になっていたことを質問してしまった。
「ひとつお聞きしたいのですが、骸骨の人たちとお話とかできるのですか?」
老婆は、ふむふむ、といった感じで僕の話を聞いた後、
「そうさね。
彼らはこの街の衛兵でもあり、警察でもある。
もし戦争になったら先陣を切って、この街を守るとても立派な仕事をしているんじゃよ。
彼らはこの国の領主である伯爵様の臣下で、昔からこの城塞都市の治安を守っている。
わしは、こう見えてこの街の市長でね。
彼らと話す方法をご領主様から授かり話をきいておるし、彼らに何かと仕事の依頼をすることもある。
そういう意味では、ええっ名前は・・・・・・なんだっけかね。」
僕は老婆が自分の名前を思い出そうとしているのに気付き、
「こ、光介です。
今はマテリアの家に居候させてもらっています。」
この人はいい人だし、緊張しなくてもいい。
そう自分に言い聞かせながら、できるだけ落ち着いて自己紹介をした。
「おお、コースケとな。
ふむ。
そう、コースケが骸骨兵たちに話をしてももちろん、彼らは君のいうことを理解しておる。
ただし、彼らは言葉を発することはないのでな、ぬしが彼らの思いを理解することは、ちと難しいかもしれん。
ただ、それが全くできぬというわけでもない。
彼らは我らが思うより聡明で、人間的な感情を持っとる。
観察を怠るでないぞ。
ふふふ。」
そう老婆は楽しそうに骸骨兵のことを教えてくれた。
老婆がこの街の市長というのは驚いたが、たしかに通行証を扱えるということは、そういうことなのかもしれない。
「それで相談とはなにかの?」
老婆は本題について聞いてきた。
「はい。
先日教えてもらったとおり、今日は仕事について相談に来ました。
まだ子供の僕ですが、仕事をしたいんです。」
僕は、自分の考えを正直に老婆に話した。
自分はもちろん、マテリアのために働きたいこと。
先日の悪漢に襲われたりしないようにマテリアに家にいてほしいこと。
そして、なぜか自分が魔族の大人ぐらいの力がありそうだということを。
僕の話をふむふむ、と黙って聞いていた老婆は僕の話が終わるまで何も口をはさまず聞いていた。
僕はますますなんでもかんでも話をしてしまっていた。
病気のことや、違う世界での自分のことまで話し出しそうになったが、
なんとか、その話をすることを止めることができた。
「なるほどのう。
ようわかった。
ようわかった。
とても頼りになる、そして優しい子じゃ。
ぬしのことはよくわかった。
しかし今は、仕事を募集しているところはとても少ない。
ましてや子供を雇うものなど皆無じゃ。」
半分予想していた答えがあっさりと返ってきた。
このさびれた街(市長の前で失礼な話だが)で、見ず知らずの子供を雇うところなどありもしないと思っていた。
先日、仕事が欲しければまた来なさい、とこの老婆が言わなければ、こんな風に相談は出来なかったかもしれない。
しかし、老婆は驚いたことをこれまたあっさりと僕に告げた。
「西門から北の城壁へつながる市場通りにある。
先日紹介した鍛冶屋へ行きなさい。
あそこの店主は腰を痛めていてのう。
力持ちがいたら、紹介してくれと言ってきておる。
鍛冶の仕事はできないかもしれないが、そなたが本当に魔族の大人なみの力があるのなら、素材運びや商品の配達などはできるじゃろ?もしその仕事が不満でないならのう。」
老婆は優しく僕に語る。
「ふ、不満なんてないです!あそこのご主人はとてもいい人だと感じました。
あそこで働けるなら最高です!」
本当に最高だ。
実は形見の指輪磨きをしていたからか、鍛冶や彫金に興味があったのだ。
「そうかそれは良かった。
ではこれを持って行ってみなさい。
ぬしのことを書いておいた紹介状だ。」と言って、老婆は小さな封筒を僕に手渡す。
いつのまに作ったのだ?
「ありがとうございます!さっそく行ってみます。
それではまた来ます。」
僕は紹介状を手に走り出した。
(やった!)
「ふふふ。
気をつけてのう。
無理はするんでないぞ。」
老婆はこちらに手を振り、送り出してくれた。
( ´Д`)y━・~~
「おう坊主、さっそく来たな。
今日はどうした?この間のあれは良いものだと思っていたから少し素材用に残していたんだが、予想以上に良い商品が作れそうだ。
加工のしがいもあるしな。
ありがとうな。」
店主は相変わらず、一見そっけない態度と裏腹に優しい言葉をかけてくれる。
「はい。
おかげさまで助かっています。
実は、その、僕ここで、は、働きたいんです。
や、雇ってくれませんか!」僕は思い切って早速店主に相談した。
店主は悲しげな顔でこちらを見る。
「それは無理だ。
俺もお前みたいな頑張っている坊主は好きだし、雇ってやりたいよ。
しかしな、この不景気な世の中だ。
とても道楽で人を雇うような余裕はねえんだ。
分かってくれ。
すまんな。」
店主は本当に申し訳なさそうに僕にいうと、また何かを磨く作業に戻ってしまった。
これ以上話すことはないと言っているのかもしれない。
僕は大事なことを伝え忘れていたし、渡し忘れている。
「僕、役場のおばあさんに、この紹介状をもらいました。
力には自信があります。
なんでもやりますので、どうか雇ってくれないでしょうか?給金は安くてかまいませんし、役に立つと思ったらいただければそれまでただ働きでもいいんです。
どうかお願いします。」
僕はここであきらめてしまったら、もうこの後仕事なんて一生できないと自分に言い聞かせ、
精一杯お願いした。
こんな積極的な自分は我ながら初めてだ。
「何?市長さんが?どれどれ。
・・・・・・ふむふむ。
なるほど。」
しばらく、紹介状と僕を交互に見た後、店主は僕に言った。
「なるほど。
良く分かった。
もし本当にお前がそんなに力持ちなら、この店の前においてある鉱石の塊がある。
それを店の裏手の精錬所まで運べたら雇ってやろう。
やってみるか?」
店主は、今度は打って変わって嬉しそうに、また挑戦するかのように僕に、そんな就職試験を依頼してきた。
「もちろんです。
やらせてください!」僕は即答して、すぐに店を出て行った。
店の前には野ざらしになった大きな石が3つほど置いてある。
どれもかなり重そうで、とても子供の僕には持てそうもない。
しかし、この間の力が本物ならマテリアのいうとおりだとすると大人5人分の力があるはず。
挑戦するしかない。
とはいえ、一番小さな石を持ち上げてみる。
すると思ったより重くない。
それでも20kgはあろうか。
子供を一人持ち上げるぐらいだ。
なんとか休み休み精錬所まで運びこんだ。
「店主さん、運びました。
でも一番小さな石ですが・・・・・・もし一番大きなやつを運ぶなら、時間はかかるかもしれませんが、なんとかがんばりますので、もう少し時間をください。」
僕はちょっとズルをした自分を恥ずかしがりながら店主に報告した。
「何一番小さい奴だと?どれ?」
店主は少し不機嫌そうに、精錬所へ向かった。
「なんてことだ、確かにこれは一番小さい石だ。
そして一番重い石だ。」
びっくりした店主は僕の顔をまじまじと見ていった。
「えっ?」
僕もびっくりした。
まさか一番重い石が一番小さい石とは思わなかった。
他の石は大きすぎて、持ち上げてみようとも思わなかったのに。
確かに鉱石などの物質には密度があり比重が違う。
そういうたぐいのことだろう。
「目の前で見せてくれ。
疑って悪いが魔族の大人でも持てるかどうかという重さだぞ。
自分の目で見てみたい。
持ち上げるだけでいいから。」
店主は僕にそういうと、もちろん僕は、今度は自信を持ってその石を持ち上げる。
「はいっ、どうでしょう!」
移動しないでただ持ち上げるだけならさっきより簡単だ。
ちょっと嬉しくなってきた。
「おおおおっ。
本当だ。
凄いよ、お前。
びっくりだ!」
店主は本当にびっくりしている。
「じゃあ、雇ってもらえますか?店主さん。」
「おお明日から来い。
朝は九時から夜五時までだ。
残業代は応相談な。」
店主も僕も微笑んだ。
「やったー!」思わず叫んでしまう。
「ただし、おれのことはマスター(店長)と呼べよ。」
店主、いやマスターは僕にそうして最初のオーダーをくれたのだった。




