第2節 その2 守りたい気持ち
「キャッ」
と言って、後ろに弾き飛ばされたマテリアを見た。
マテリアは泣いている。
(ちくしょう・・・・・・) 何か現実離れしたこの世界でのこれまでの出来事が、普段の自分なら絶対しないような行動へと僕を突き動かした。
僕の中の大きな怒りが、そのままマテリアを殴った男へぶつかる。
全身の体当たりだ。
「おおおおおっ!」
無我夢中だった。
僕のその渾身の体当たりは、家の外まで男を弾き出した。
体当たりされた男は、「げふっ」といって腹を抑えて苦しそうにしている。
(魔族の大人をあんなに飛ばせるなんて、こんな非力な僕が。)
驚いているのも束の間、後ろにいた一人が襲ってくる。
両手で僕を抑えつけようとする。
僕はその大きな体に組み伏せられるが、思いっきり足で男の腹を蹴飛ばすと、「うぐぅ」といってその男も腹を抑えてずり下がる。
「何やってんだお前ら、人間のガキ一人に。
ふざけてんのか?」
一番後ろにいた男がどなると、他の二人の男が今度はすごい形相で襲ってきた。
さっきのようにこっちも懸命に暴れるが、二人がかりで抑えつけられてしまった。
今度は動けない。
「っっ、くっそっ!」
僕のさっきの力は一瞬だけだったのか?いや違う。
こうやって二人がかりで抑えつけられていても、もし相手が一人なら、抜け出せそうな感じがしていた。
彼らの力が弱いのだ。
(この魔族は弱い種族なんだろうか?だから子供の僕らを狙っているのだろうか?)
そんなことを考えていると、マテリアが大きな声で
「コースケ、助けて!」
と叫んでいるのが聞こえてきた。
それが聞こえたのか、遠くの方から、骸骨兵が集まってくる。
「まずい、お前ら逃げるぞ。
骸骨兵のやつらに気付かれた!」
ボスのような男が怒鳴りつける。
僕を捕まえていた二人の男は、もう僕のことなんか眼中にないかのように、僕の手を離し、ボスと一緒に骸骨兵が向かって来るのとは逆の方向へ、走り去って行った。
集まってきた骸骨兵は、マテリアの周りに2体うろうろしている。
また4体が先ほどの男たちの方を追っていった。
マテリアは泣いている。
僕は急に気が抜けて、その場に座り込んでしまった。
しばらくして落ち着いてきた僕は、マテリアの小さな手をとり、
「大丈夫?痛いところとかない?」
と出来る限り優しく声をかけた。
僕の手はきっと震えていた。
まだ恐怖が消え去っていないんだ。
マテリアは泣きじゃくりながらも、
「うん。」と頷き、僕を少し安心させてくれる。
横に立っていた骸骨兵に、
「ど、どうもありがとうございました。」
と僕はお礼を言った。
本当にそう思った。
その言葉が通じたのか、骸骨兵たちは、元来た方へガチャガチャと音を立てて、戻って行った。
僕たちも家の中に戻ることにする。
家に入り、まだグズグズ言っているマテリアを適当な場所に座らせると、僕はしっかりと玄関のドアを閉め、手を洗った。
さきほどの恐怖がこみ上げてくる。
(まだビクビクしているのをマテリアに気づかれたくない、今は落ち着くんだ)自分に言い聞かせる。
帰りに買ったお茶と、奮発して手に入れたこのドーナッツのようなお菓子を食べよう。
きっと今がこれを食べる時だ。
マテリアは昔から誕生日にだけ、これを食べられたと買い物をしているときに言っていた。
きっと喜ぶだろう。
お菓子はまた買えばいい。
倒されていた小さな二人がけの丸いテーブルを起こして、そこへお菓子と二人分のお茶を置き、マテリアに声をかける。
ふと気がついて大きい方のお菓子をマテリアのお皿に置いた。
「マテリア、もう大丈夫だよ。
骸骨さんたちがきっとやつらを捕まえてくれるし、僕も怪我とかしていないし。」
「うん。
もう大丈夫。」
といって、テーブルに椅子に腰をかけるマテリア。
「さあ、お菓子を食べよう。
お茶の時間だね。」
できるだけ明るく振る舞いながらも、僕はまだ心臓がドキドキしていた。
マテリアとのお茶の時間は、最初こそ先ほどの恐怖からまだ抜け切れず、お互いあまりしゃべらなかったが、お菓子の効果か、マテリアは大分落ち着いてきたようだ。
「これおいしいでしょ?」
「これ、おいしいね。」
何度も同じような事をいうマテリア。
実際それほど美味しいお菓子ではない。
むしろカロリーメイトの方がおいしいかもしれない、その質素なお菓子にこれだけ喜ぶマテリアを不憫に思いつつも、愛らしく思いながら、
「うん、そうだね。
もっと食べたいね。」
と相槌を返し、楽しく過ごした。
いつかもっとおいしいものをたくさん食べさせてあげたい。
もっと良い暮らしをさせてあげたい。
僕のような辛くて惨めな時間を彼女に過ごさせたくないと、心から思う。