第4節 その2 二人の夕食
朝、目が覚めると穴ぐらの中にいた。
ハッとした瞬間、昨日の夜のことを思い出した。
あー夢ではないんだ。
マテリアは?昨日は横にいたマテリアはいない。
リュックは置いてあった。
上着は僕の上にかかっている。
穴ぐらを出てみたが周りにはいなかった。
あんなに熱があったのに大丈夫だろうか。
心配になって、小川の方までにいくとそこに綺麗な光沢を帯びたオレンジ色が朝日を浴びて一層神々しいまでの美しさを放っていた。
(人間じゃない・・・・・・)僕はその髪に見とれていた。
僕の気配に気づいたのか、水を飲んでいたようだったマテリアは、マグカップに水を入れて、こちらへ走ってきた。
少し笑っているように見える。
「おはよう!今日はいい天気だね。
私ききたいこといっぱいあるの。お話しよう。」
彼女はすぐ近くまでやってきた。
だいぶ元気になったみたいで安心した。
こちらも望むところだが、まずは自己紹介をしておこう。
僕は彼女に会うまでに考えていた自分の名前をいった。
「僕は白銀光介。中学1年。
僕もいろいろ話がしたいんだ。」
実父母の姓を使ってみたかった。
ただ、ちょっと照れ臭かった。
「シロガネコース・ケチュウガクイチネン?
長い名前だね?お兄ちゃんのお名前だよね??」
相変わらず不思議そうな顔で訊いてくるマテリア。
一晩明けたけどやはり会話は噛み合っていない。
ただ、マテリアは体調がいいのか昨日より表情が豊かだ。
「ああ・・・・・・、えっと、光介。
そう光介でいいよ。」
なんとなく少し分かってきた。
とりあえず、姓名や学年まで全部話す必要あったのか、考えてみたら、こっちが恥ずかしくなってきた。
ただ、名前の方で呼んでほしいと一瞬思ってしまったので、勢いで名前を言ってしまった。
「コースケ?コースケ・・・コースケ?」
かわいらしいしぐさで僕の名前を呼ぶマテリアをみていると、ああ、なんか嬉しい。
女の子に名前を呼ばれるのって照れ臭いけど、なんか幸せだ。
思わず顔がニヤけてしまう。
「うん。コースケ。
君のことはマ、マテリアって呼んでいいの?」
「うん。
マテリアだよ、コースケ。」
僕を名前で呼んでくれた。
恥ずかしい。
けど嬉しい。
「とにかく落ち着いて話をしよう。
昨日のカロリーメイトがまだ少しあるから。
それを食べながら。
どうかな?」
昨日の幸せそうなマテリアの顔を思い出し、僕は提案してみた。
「あれまだあるの?やったー!たべるたべる!」わーい、わーいと、万歳しながら、跳ねだしたマテリア。
そうとう嬉しいらしい。
僕たちは、水とカロリーメイトの朝食を食べながら、話を続けた。
・・・・・・
「だいたい分かったことを整理しよう。
僕と君は違う星?世界の人間で、ここは、君の世界。
そして、この世界では君は人間ではなく、魔族と呼ばれている種族。
人間は別にいるが、この国では、共存している。
ここまではいいかな?」
「うん。
共存というのは一緒に暮らしているということ?一緒の街にはいるけど、家は別かな。
特に仲が良くも悪くもないと思う。」
マテリアは素直に自分の考えをいう。
「よし。分かった。
次に、言葉は全く違う。
この世界の人間や魔族も複数いて言葉は通じないけど、意思疎通できるこのイヤリングがあって、それでみな言葉が通じる。
これもいいかな?」
僕は、自分が昨日マテリアに着けてもらったイヤリングを指で撫でながら確認する。
「そうだよ。
昨日は突然だったからお姉ちゃんの・・・・・・お姉ちゃん死んじゃった。
もう私一人。」
マテリアは急に泣き出しそうな顔になる。
僕はあわてて、
「そっか・・・・・・。
でも僕も家族はいないんだ。
だから一緒だよ。
ねっ?あとさ、話を続けるよ。
えっと、とりあえず、今二人が困っているのは、ご飯も家も頼れる人もいない。」
「うん。
コースケもうご飯ないなら。
困る。
どうしよう。
どうしよう。」
困った顔をするマテリア。
なんとかしたいと思う。
「よし。
作戦を考えよう。
僕得意なんだよ。
考えるの。」
(実行に移したことは基本的にないけど・・・・・・)
「・・・うん、そうだね。
もう一人じゃないんだし。
コースケと一緒なら、きっと何とかなるよね!」
マテリアに笑顔が戻って光介はほっとした。
その日の夕食は、残りのコンビーフと(これにはかなりマテリアは喜んだ)、近くにあった見たこともない形だが、甘くて中々癖になる味の木の実だった。
食べながら、今後の《作戦》をたてた。
作戦という言葉にマテリアが随分反応した。
何か凄い事をする準備なんだと、とても張り切っている。
そして一生懸命話を聞いたり、自分の思ったことを話すマテリアとの、この《作戦会議》は大した話をした訳ではなかったけれど、正直とても楽しかった。
ひとしきり話した後、ふいにマテリアが言った。
「ところでコースケはどっから来たの?隕石が変身したように見えたよ?隕石の中にいたの?」
「うーん、そのあたりは分からない。
その隕石が何か引き金になって、僕の世界と繋がって、僕がこっちに来たようだね。
隕石の事は全く知らないし、僕もそんな突然人が消えたり、現れたりなんて全く心あたりもないし、分らないんだ。」
「そっか・・・。」
本当のことだ。
全くわからない。
目がチカチカし出したと思ったら、暗闇に飲まれていた。
彼女なりにいろいろと考えているのだろう、ああでもない、こうでもないとつぶやきながら難しい顔をしている。
そんなマテリアを見ながら、僕は申し訳なく思うと同時に、必死な顔をして考えているところが、可笑しく、そして可愛らしいと思った。
だから、どうやったらもっとマテリアを笑わせられるのか、どうやったら今の自分が感じている楽しさを伝えられるのか、そんな気持ちが心の中に溢れだしてくる。
それからずいぶん遅くまで話をしてしまった。
明日からの《作戦》実行に備え、僕達は眠ることにした。
空を見上げると月が出ている。
もう夜になってしまったようだ。
昨日は気付かなかったが、その夜空にはとても大きな月が《もう一つ》輝いていた。
(ああ、ここはやはり地球ではないんだな・・・・・・)
これまで、どことなく夢の中にでもいるようで、自分の境遇を受け入れられないでいたが、普通の月とは別に、ずっと低い位置で目の前で輝く巨大な月は、この世界が間違いない現実であるとどんな言葉よりも自分に教えてくれる。
そしてこの現実は、僕の今までいた世界ではない。
そんなこの世界のことやマテリアのことを今日はいろいろ知ることができたし、僕のことを知ってもらえた。
マテリアは素直に話を聞いてくれる。
自分の事を話すのは思ったよりも楽しかった。
(人と話すというのはこんなに楽しかったっけ・・・・・・)
そして、僕は、久しぶりにゆっくりと幸せな気持ちで眠りに落ちていった。