8 マルチナ・出会い 5
2018年12月22日加筆修正しました。
マルチナは男達に正対すると、ゆっくりと右手を男達に向けて差し出しす。
右手が男達の顔の高さに上がったと同時に風切り音が響き、マルチナの指から伸びた4本の爪が男達の眉間を貫いた。
悲鳴を発することすらできず男達はその場に倒れた。
唯一、ベイズだけが手に持った剣でマルチナの爪をかろうじてかわししていた。
周りに倒れた男たちを呆然と眺め、戦慄した。
「ちっ」
マルチナは面倒くさそうに舌打ちすると、再び右手をベイズに向けた。
ベイズは剣を正面に構えて盾にする。
「鋼の防御!!」
ベイズの込めた気合いに剣が白く光を帯びた。
「こいつはドラゴンの爪でさえ弾くことができる。サキュバス風情がでかい顔するなよ」
鋼の防御――剣士の持つパワーに剣が反応して周辺の空気を硬化させて防殻を形成し敵の物理攻撃を防御する、特殊剣技の一種。
この特殊剣技は護送の混成部隊のなかで唯一ベイズのみが使える剣技である。ベイズはこの特殊剣技でいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたのだった。
しかし、ベイズの声が聞こえていないのか、マルチナは一切構わず右手から爪を伸ばす。
伸びた四本の爪はベイツの形成した防殻に衝突し振動を伴い低い音を立てる。しかし、貫通できない。
そのままベイズの防殻がマルチナの鋼の爪を押し返すかと思われたが、マルチナは表情を変えず、指先に力を込め続けた。
爪と防殻がせめぎ合い、ギィーギィーと耳障りな音を響かせる。
マルチナは表情を変えることなく自分の爪先を見つめる。
一方、ベイズの表情は次第に険しくなっていった。額から汗が流れ、爪の圧力に負けまいと踏ん張る踵が地面にめり込んでいく。
ついに爪の圧力に耐えきれず、ベイズの防殻に小さなひび割れが生じた。
ベイズが絶望へと顔色を変える。
「くうっっ」
ベイズが苦悶の声を上げた。
次の瞬間、マルチナの五本の爪は防殻を割り、そのまま剣を突き折ってベイズの首を突き抜く。
ベイズの頭部が血を引きながら胴体から離れて飛んでいった。
首を失いながらもベイズの胴体は倒れずに立っていた。首があった場所からは心臓の脈動に合わせて血を吹き上げた。
血の噴水を目の当たりにして彼我の実力差を察したのか、後衛で構えていた修道士が悲鳴を上げ、マルチナに背を向けると繋いであった馬へと駆けだした。
マルチナは、はぁー、とため息をつくと、逃げる修道士の背中へと鋭い爪を向けた。
爪は風を切り裂き修道士の背中を追って一〇メートルもの距離を伸びていく。
次の瞬間、修道士は自らの胸から生え出た血で赤く濡れたマルチナの爪先を驚愕の目で捉えつつ、そのまま地面に倒れた。
もう一人の後衛の修道女は逃げることもできず呆然と立ちすくんでいた。
嫌な奴らだったが強さだけは信頼に値する。そう思っていた。
それが僅か数十秒で一人の魔人の女の前に全て崩れ落ちたのだ。
目の前の魔人は修道女の理解を超えていた。
修道女は我に返ると倒れた男達に向けて回復魔導を発動する。
「ヒール! ヒール! ヒール!」
必死に回復魔導の発動を繰り返す。しかし、地面にうつぶせた男達に変化はない。
「あれ、回復しないみたいね。もう死んでるからかな?」
マルチナは笑いながら修道女に近づく。
「なんなら私が生き返らせてあげよーか? アンデットになっちゃうけど」
「くっ、来るな」
修道女はマルチナに対して魔法杖を構え防御の姿勢を取った。
「前衛のいない後衛に何ができるの?」
「……だ、だまれっ」
ゆっくりと歩み寄るマルチナに向けて、修道女は恐怖に負けないようにと声を振り絞る。
しかし、震えで歯が鳴る音は隠せない。
こんなはずではなかった……。
サキュバスを帝都まで護送する簡単な仕事。
問題は同行する下品な冒険者達の粗雑な振る舞いを我慢するだけ、帰りがけの割のいい小遣い稼ぎ。
そんな話だったはずだ。
なんでこうなった? 修道女は自問する。
しかし、答えなど出るはずもない……。
マルチナは気丈に睨み付ける修道女に歩み寄る。
修道女は恐怖で体がこわばり何の抵抗も出来ない。
マルチナは右手を修道女の左胸に置き、ゆっくりと胸の膨らみを弄んだ。
「ふふっ、さっきの元気はどうしたの?」
マルチナがいたずらな目で修道女の恐怖に震える目を見つめる。
「……助けて欲しい?」
修道女は恐怖で完全に心が折れ、もはや抗うことを諦めたらしい。
声もなく小さく頷いた。
マルチナは満足そうに笑みを浮かべた。
「なわけないでしょ」
そう言い終わらないうちに、マルチナの爪が修道女の左胸を貫いた。
ああっ、と小さくうめき、修道女はその場に鈍い音を立てて倒れた。
「女に興味ないのよね」
マルチナは死体となった修道女を見下ろし、呟いた。