6 マルチナ・出会い 3
「ふふふっ。どうだい? 俺の金縛りの魔導は。加えて魔導封じもブレンドしてある。俺のオリジナルだよ」
「……」
声の主はヒューイであった。
マルチナも声が出せないのか無言のまま。
それを見て男が下卑た笑い声を洩らす。
「高度の魔導耐性とかいうが、大した事ねーな」
マルチナは目を見開き魔道杖を持った男を睨み付けた。
「こんないい女は帝都でもそうはいないからな。ベイズじゃねえが娼館で買おうたってそうはいかねえ。ここでたっぷり楽しませてもらわないとな」
ヒューイはユージとマルチナとの間に割り込むようにしてマルチナと向かい合った。
ヒューイの体が邪魔になり、ユージからはマルチナの様子は見えない。
ユージの耳にはヒューイの声だけが届く。
「いいね。その目。強気な女は嫌いじゃないよ。そして、そんな女が泣いて許しを請う、その上で、無理矢理やる。俺の大好きなプレイだ」
ヒューイはサディスティックに笑った。そして、服を引きちぎる音が響いた。
「すげー、想像以上だ。たまんねーな」
ヒューイの舌なめずりする音が聞こえる。
「では、感触から確かめさせてもらうか……」
ヒューイがマルチナに手を伸ばす。
「おおっ、この感触。やっぱり法王庁の坊さんにくれてやるにもったいねー」
ユージからはマルチナの様子は見えないが、何が起きているのかは当然に想像がつく。
何とかマルチナを助けようと体に力を込める。が、体が動かない。
焦りだけが募っていった。
「ふーうっ」
ヒューイが声を漏らす。
次第に息づかいが荒くなっていった。
「うっ、うっ、ううううう゛う゛う゛……」
その息づかいはあえぐような低い声に変わった。
その声に合わせるかのようにヒューイの体も小刻みに震えだした。震えが少しずつ大きくなっていく。
突然、ヒューイの体の震えが止まった。
そのままヒューイは力なく膝から崩れ落ち、棒きれの様にユージの目の前にドサッと倒れた。
ヒューイの頬は痩け、眼窩が深く落ち、皮膚は土色に黒く変色していた。
「ふんっ。この私にそんな低級魔導が利くわけないでしょ。甘く見るのもたいがいにして欲しいわ」
マルチナは数秒前までヒューイだった黒い物体に唾を吐き捨て、服をたくし上げながら硬直したままのユージの方を向いた。
「あっ、君には利ちゃってるのね」
マルチナはあきれた顔をユージの顔に近づけると、ふーっと息を吹きかけた。
すると、あれだけ力を込めても言うことをきかなかった体が自由を取り戻した。
ユージがお礼を言おうと口を開くと、すかさずマルチナが人差し指をユージジの唇にあてる。
「静かにしてて、まだ残っているからね」
そう言うと、マルチナは開け放たれた牢の扉をくぐり、馬車の荷台から静かに降りた。
マルチナはふわりと馬車の荷台から降り立つと、音も無く滑るかのようにたき火の側でいびきをかいている一人の男に近づく。
マルチナは右手の人差し指を立てて、指先に力を込める。
すーっと細い剣のように爪が伸びた。
マルチナは爪先を満足そうに眺め、その伸びた爪先をその男の眉間に突き立てた。
マルチナの爪先は男の眉間に吸い込まれていった。
同時に男のいびきが止まった。
しかし、隣に寝ていたベイズが気配を察したのか、目をこすりながら上体を起こすと、マルチナに気づく。そして叫び声を上げた。
「うぁーー、いつの間に出てきた。あの扉は魔導で封印されていたはず……」
ベイズの叫び声に他の男達も目を覚まし、剣や魔法杖を手に取り起き上がった。
「ちっ、起きたか」
こうなるなら悲鳴を気にせず、ヒューイも体を触られる前にすぐ殺せば良かった……
マルチナが小さく舌打ちした。
「ヒューイをやったくらいでいい気になるなよ!」
「サキュバス風情が!!」
男達が口々に叫ぶ。
男達はマルチナを半円形にとり囲む。その後ろには後衛の修道士らが控えた。
「みんな、こいつは大切な荷物だ。痛めつけるだけにしておけ」
マルチナを殺してしまっては護送の仕事は失敗となってしまう。
ベイズが仲間達を牽制した。
「そんなこと言ってて大丈夫?」
マルチナがバカにしたように笑う。
「ほざけっ」
長身の剣士がマルチナめがけてロングソードを振り下ろす。
マルチナは右手の爪で男の剣を軽く受け止めた。
斬撃による火花が散った瞬間、キーーンという金属音を響かせ、折れた剣先が回転しながらマルチナの後方へ飛んでいった。
「安い剣しか買えなかった? こんどから女を買う金があるなら剣にまわすのね。 まあ、あんた達に今度はないから言っても無駄だけど」
マルチナの馬鹿にした笑い声が響く。
「くっ、物理攻撃じゃ厳しいぞ。魔道攻撃でいけ」
ベイツの声に応じるかのように、魔道杖を持つ魔道士達が詠唱する。
火の玉がいくつも暗闇に浮かび上がり、暗い草地を照らした。
「ファイヤー・ボール!!」
詠唱の合唱が響き、無数の火の玉がマルチナに向けて発射される。
しかし、そのいずれもがマルチナの顔前で透明な壁にぶつかったかのように弾け、夜の闇に火の粉を散らして消えていった。
「防殻魔導……」
ベイズが苦々しく呟きを漏らす。
あれだけの数のファイヤーボールを楽と々防ぐ。それだけ見ても魔導の力はかなり上。
下手するとゴールド並か? それが攻撃に使われれば……。
ベイズは相手が決して甘くない、かなりの危険な魔人であることを悟った。
なにが、”攻撃能力は低いんだろう”だ。ヒューイに恨み言を言いたくなった。
「トルネードを使え。炎で包んで焼き殺すんだ」
「トルネードって、いくらなんでもやりすぎでは? ホントに死んでしまいますよ。死んだら礼金はどうなるんです?」
マルチナの力量を測り切れていないのか、一人の魔道士がベイズに不満の声を上げる。
「死んでも構わん。甘く見てるとこっちがヤバいんだ」
ベイズは怒鳴り返した。その声には焦りの色がにじんでいた。
「あれ、自分たちがヤバイのに今気づいたの? まあ、早く気づいても結局死んじゃうんだけどね」
マルチナの嘲笑するような声は変わらない。
そんなマルチナの態度が魔道士達の躊躇を取り去ったのか、複数の詠唱が響き、先程の倍以上の数の火の玉がいくつも浮かび上がる。しかも大きさも桁違いだ。
そして、火の玉は互いに絡み合い回転しながら1つの渦になり、夜空高くへと延びていく。
何もない平原に巨大な炎の竜巻が出現した。