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43 鉱山の町 9

 ユージはマルチナと並んで螺旋状に掘り進められた採掘現場を底へと向かって下っていった。

 ルアンが先頭を歩き、その後ろを木箱を台車に乗せて、ウサギ型亜人のメイド達が引いている。


 採掘現場の底に到着すると、ルアンはメイドが運んだ椅子に腰を下ろした。

 しばらくするとルアンの顔が次第に険しくなり、イライラを露わにして貧乏揺すりを始める。

 ゲシュトとの事前の打ち合わせでは、住人や作業員の退避が完了すればゲシュトが報告に来るはずであった。しかし、そのゲシュトが待てども姿を見せない。


「まだ退避は済まないのか?」


 ルアンは苛立ちを隠さず、メイドに当たり散らす。もちろんメイドに事情が分かるわけもなく、ルアンの怒声に怯えるのみ。

 

 一方、マルチナも平静を装ってはいるが、アンジのことが心配でならない。

 やはり自分が作業員達を隷属化をするべきだったか……。

 しかし、あれだけ大勢に人間を一度に隷属化するのは手に余る。

 マルチナ自身、認めたくはないが、魔導の力それだけならアンジのほうが上である。


 ユージはイライラする二人に挟まれ、場をなごませるような言葉を探すが、いい言葉も思いつかない。気不味そうに黙って見守るだけであった。

 いたたまれない雰囲気が一帯を支配した。



 いきなり、アンジが空から降り立った。ルアンが目の前にいるのも気にせず漆黒の羽を折り畳む。

 ウサギ型メイドが悲鳴を上げて身を寄せ合いしゃがみ込んだ。


 突然の光景に、ルアンは言葉も出ない。ようやく絞り出すように声を上げた。


 「は、羽? どういことだ? ま、魔人?」

 「そうよ。なんか文句ある?」

 「だ、騙したのか? お、おい、ハンナ、俺を守れ」


 ルアンは辺りを見回し、護衛に使えそうなマルチナに命令の声をあげる。


 「あんたバカ? あっちが魔人ならこっちも魔人でしょ、普通」

 「え、えっ……」


 ルアンは狼狽(うろた)え、今度はユージに向かい何事か言いたそうに見つめるが、ユージも申し訳なさそうに肩をすくめる。さすがにユージも魔人であることは思い至ったようで、俺を守れと声は上げなかった。

 そんな様子のルアンに呆れた表情でマルチナが声を掛けた。


 「あんたの味方はそこにいるウサギちゃんだけよ」


 ルアンはそうか!と振り返りメイドたちに自分を守るよう声を上げた。しかし、メイド達は当然ピクリとも動かない。

 

 「あれ? 味方はいないみたいね」

 「ま、まて、何が望みだ? 金か?」

 「命、かな?」

 

 マルチナは冷たく睨む。恐怖に震えルアンは続く言葉が出ない。



 

 「あんた、賢者さんなんでしょ? どれくらい強いかみせてみてよ」


 アンジがマルチナの脇から声を上げた。

 どうやら昨日のルアンの与太話を本気にしているらしい。


 「いや、待て、あくまでポテンシャルということだ。今すぐ賢者というわけじゃない」

 「ポテンシャル? なにそれ」

 「つまり、素質という意味で、今あるというわけでは……」

 「難しいこと言って、誤魔化そうとしてる?」


 アンジは混乱した顔をするが、すぐに切り替えルアンを見据える。

 

 「もういいわ、じゃあ、こっちからいくね」


 そう言うと、ルアンに向けて手をかざした。

 ルアンは、ああっ、と声を漏らし後ずさる。


 

 次の瞬間、何故かアンジが地面を蹴り、高く跳ねた。

 アンジが立っていた足元の岩が風切り音とともに(えぐれ)れ、石片が飛び散る。

 アンジは着地すると後方を振り返った。


 採掘現場のすり鉢の縁にジェンスが剣を手に立っていた。そこからジェンスが剣技で衝撃波を飛ばしたのであった。

 ジェンスは滑り落ちるようにすり鉢の底へと駆け下りた。

 そして、ルアンとアンジの間に立ち、大きな声を挙げた


「おんな! おまえはヨハン・ジェンス・コルクマズとどういう関係だ?」

「はっ? なにいきなり。あんたあのくそ父親(おやじ)の知り合いかなんか?」

父親(おやじ)……。つまり、ヨハンの娘ということか?」

「だったらどうしたっていうの?」


 アンジはヨハンの名前を聞き不機嫌に答える。

 アンジの変化を気にすることなく、アンジの答えにジェンスは小さくうなずいた。


「お前に恨みはないが、死んでもらう」

「言ってる意味がわかんないわ。恨みないんでしょ?」

「お前の親父、ヨハンは俺から最愛の恋人(ひと)を奪った。なら、俺もヤツから最愛の娘を奪い、同じ地獄を見せてやる」

「ちょっとまって、あのくそ父親(おやじ)が私が死んで悲しむわけ無いでしょ」

「娘を愛さない父親などいるわけないだろ」

「あいつは普通じゃないんだって」

「問答無用!」


 ジェンスは聞く耳を持つような状態ではなかった。その目には怒りがあふれている。

 ジェンスは剣を振りアンジに衝撃波を飛ばす。

 しかし、アンジはステップで軽くかわす。

 

「まー、いいけど。ホントいい迷惑だわ」


 アンジもジェンスの方へと進み出た。そして右手をゆっくりと上げた。

 ジェンスは魔導の発現を察知し、バッグの中に手を伸ばす。

 そして、ジェンスが何かを宙高く放り投げた。


 それは一本のスクロールであった。

 スクロールは宙で解け、そして緑色の炎に包まれて消失した。


 まさか……

 マルチナの顔が曇った。


「ん?」


 右手を掲げたアンジが納得の行かない顔を見せた。手を挙げたままぶらぶら振っている。


「あれー?」


 アンジは間抜けな声を上げ、何度も手に力を込めるが、手の周りの空気が僅かに振動するだけ。

 魔導が発動できない。


 魔導の無効化……

 マルチナが呟いた。

 その呟きを耳にし、ジェンスが笑う。


「よくわかったな。そのスクロールはスプリーム級の魔道士に無理を言って作ってもらったもの。本当はヨハンに会ったときのためだったが、ヨハンの娘を殺すためなら惜しくはない」


 アンジは呆然と肩を落とし立ちすくんでいる。

 ジェンスがアンジに声を上げた。


「ヨハンは俺とユリアにどちらかを生け贄を差し出せば、もう一方を助けると言いやがった」

「で、あんたが生きてるってことは、そのユリアを差し出したんでしょ」

「違うっ! ユリアは俺を助けるため自ら進んで……」


 ジェンスは思わず嗚咽を漏らしあとの言葉が続かない。


「まあ、あのクソ親父(おやじ)のやりそうなことではあるけど、二人で決めて選んだんでしょ。私にどうしろって言うの?」

「……なら、おまえにも選ばせてやろう。おまえか? そっちの女友達か?」


「アンジよ!」


 マルチナがジェンスの言葉に喰い気味に大声で答えた。


「はぁー? あんた一体何言ってんの? それでも友達!?」

「あんたん()の問題でしょ。他人を巻き込まないで」


 マルチナが叫ぶ。 


「いい友達を持ったな……」


 ジェンスが皮肉な笑みを浮かべてアンジに向け剣を構える。剣に気合いを込めそれを受けたジェンスの剣が青く光を放つ。

 それを見てアンジもさすがに平静ではいられない。


「ちょ、ちょっと待って……」

「お前があの世で親父を待ってろ……」


 ジェンスが剣を振り下ろすと同時に剣先から光の玉が放たれ、アンジに向かって飛んだ。

 その瞬間、マルチナが黒翼を広げ、アンジをさらう。

 間一髪でジェンスの攻撃をかわした。


「あたし的にはどうなっても良いんだけど、さすがにユージに悪いしね」


 マルチナはアンジにつぶやき、ジェンスを睨み付けた。


「あんたとこいつの親父との遺恨はどうでもいいけど、あんは邪魔だから消すことに決めてあるの」



 マルチナはジェンスに鋼の爪を繰り出す。フェンシングのように細かい突きを振りまく。

 ジェンスに剣技の発動の余裕を与えない様に攻撃の手を休めなかった。

 しかし、ジェンスもマルチナの爪を防ぎつつ、斬撃派を飛ばす。


 最初は互角に見えたが、アンジをかばいつつ攻防をする分、マルチナが押され気味になった。

 

「ちょっとアンジ、無効化の魔導破れないの?」

「ちょっとまってよ。今、色々やってるから」

「やっぱりあんたはヘボ魔道士ね」


 マルチナの顔に汗が流れた。

 ユージは手に汗握るが、自分が手を出せる状況ではない。



「そろそろ限界だな?」


 ジェンスは肩で息をするマルチナに問いかける。

 しかし、内心ではジェンスも焦っていた。スクロールの効果はそう長くは続かない。

 スクロールの効果が切れる前にアンジを仕留めなければならない。




そのとき、採掘現場の周囲から咆哮が上がった。地鳴りのような声が響く。

 採掘現場のすり鉢の縁に千を超えるオーク達が並んでいた。

 ジェンスの投げたスクロールの魔導無効化は、鉱山に売られたオークたちの隷属魔導をも解除してしまっていた。


 集団の列からひときわ大きなオークが下りてきた。

 族長ボームであった。


 

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