31 辺境の町・新しい仲間 18
ケニーが防衛陣地のオークに向けて発動した防殻が消失すると、オークの一部が後発部隊に向けて突進してきた。
ケニーが討たれ、もはや冒険者の後発部隊の指揮を執る者はいない。冒険者達は個々に奮闘するも、アンデッドとオークに囲まれて一人また一人と倒れていく。
コリンはケニーが消失するのを何も出来ずただ眺めているだけであった。
そして、ケニーが死んだ今、次席である自分が指揮を執らねばならないはずである。しかし、そんな気はさらさら起きない。
目の前でゴールデン級のケニーが瞬殺された。級で劣る自分では何もできないと判断する。仮に出来ることあるとすれば、逃げることのみ。
コリンは何の躊躇もなく瞬間移動魔導を発動する。
戦いを続ける仲間を見捨てて防御壁の向こう側のグリフ達の陣地まで逃げ戻った。
グリフは突然目の前に現れたコリンに驚く。
「何があった?」
「ケニーが殺られた」
「は?」
グリフは事情が飲み込めない。ケニーが殺られることなど頭の片隅にもなかった。
相手はオークかせいぜいトロール。苦戦すること自体がありえない話である。
グリフが説明を求めるも、焦るケニーはただ早口でまくし立てるのみ。
「相手がやばい。早く退却するんだ」
焦るコリンに対しグリフの反応は鈍い。なおもコリンは苛立ちを隠さず必死に撤退を訴える。
しかし、グリフには伝わらない。怪訝な表情でコリンに問いかける。
「他の後発隊のヤツらはどうした?」
「だから、みんな殺られたんだ!」
もちろんコリンはまだ戦いの最中に仲間を置いて逃げ出したのであり、防御壁の向こうでは少なからぬ冒険者がアンデッドやオークと絶望的な死闘を続けていた。
ただ、防御壁の向こう側の冒険者が殺し尽くされるのは時間の問題。みんな殺られたという表現は一〇分後には誤りはではなくなる。
「何言ってるんだ。俺が敵に背を向け逃げるわけがなかろう」
「ケリーが一瞬で殺られたんだぞ。まともな相手じゃないだ」
コリンが再度訴えるが、自ら壁の向こうの状況を見たわけではないグリフは耳を貸さない。
「万が一ケリーが殺られたのなら仇を取る。それに、そんなに強いヤツなら懸賞金がかかっているかもしれん。これはいわばチャンスだ」
そのとき前方の防御壁からトロールが頭を出した。防御壁に手をかけると思いきり前方へと押し倒す。防御壁の一部がトロールの圧力に耐えきれず音を絶えてグリフ達の方へ倒れた。
砂埃が立ちこめる中、防御壁の切れ目からアンデッドが飛び出してきた。
障害物のない空地を飛ぶかのように駆け進んでくる。その後をトロールが地響きを上げグリフ達先発部隊に迫ってきた。
冒険者の剣士達が一斉に抜刀し向かってくるアンデッドに対し構える。
いずれも経験のあるベテラン揃い。士気も高く獲物を待ち構える表情である。
しかし、グリフは彼らに下がるように命じ、一人進み出た。
「うおぉぉぉおお」
グリフの咆哮が響く。
グリフが横なぎにしたクレイモアから衝撃波が扇状に広がりアンデッドを襲う。アンデッドは衝撃波に巻き込まれてバラバラになって吹き飛ばされた。
さらに、グリフは返す刀でクレイモアを逆に振った。
トロールに向かって再び衝撃波が突き進む。
トロールはとっさに右手をかざして頭をかばった。しかし、その代償としてトロールの右手の肘から先が消失していた。
トロールは苦痛による叫びをとどろかせた。自らを傷つけたグリフを認めると、怒り狂って突進する。
しかし、グリフは慌てる様子もなく、クレイモアを再び横なぎに振るった。
グリフのクレイモアから放たれた衝撃波はトロールは腹部を目がけて飛んだ。
トロールは避けることも出来ず衝撃波を受け胴体を千切られる。離ればなれとなった上半身と下半身がそれぞれ轟音を立てて地面を叩き転がった。
雑魚が……
グリフ満足そうな笑みを浮かべ、次のトロールに備えクレイモアを構えた。
しかし、もう一頭のトロールは仲間が倒れるのを見て、防壁を超えるのを止め防壁の背後に身を隠くす。代わりに一人の魔族の女が防壁の裂け目から進み出た。
アンジだった。
「あー、何てことしてくれるの? 大切なトロールだったのに」
魔族の女がグリフに不満そうに声を上げた。
その口調は大切なおもちゃを壊された子供のよう。戦場には不似合いなものであった。
「ヤツはマズい。ケニーを殺ったヤツだ」
コリンが恐怖で顔を引きつらせグリフに逃げるよう叫んだ。
しかし、グリフはもちろん逃げる様子はない。それどころか不敵に笑みを浮かべる。
「ケニーの仇をとる。それにケニーを殺る程までの上位魔族。ヤツを討ち取ってプラチナまで階級を上げてやる」
そう言いながらクレイモアを構えながらアンジに向かって進み出た。一方、コリンを含め他の冒険者達は森の中へと後退する。
森の空地に二人が向かい合った。
いきなりアンジが手をグリフに向けた。
次の瞬間、白い光がグリフを包む。ケニーを消したのと同じ光だった。
コリンは息を呑む。そして、グリフもケニーと同じ運命をたどった、そう思った。
数秒後、光はゆっくりと消失した。しかし、そこには剣を構えたグリフの姿が残っていた。
グリフは防御の剣技を発動しクレイモアを盾としてアンジの攻撃魔導を防御したのであった。
自らの攻撃を防がれたにもかかわらずアンジは嬉しそうにグリフを睨む。その表情からは焦りの色は感じられない。
「あんた、そこそこやりそうだね。まあ所詮、そこそこだけどね」
「ほざけっ」
グリフはクレイモアを中段に構え力を送り込む。気合いと共に上段から剣を振り降ろすと地面を切り裂きながら衝撃波がアンジに向かって奔った。
しかし、アンジはひらりとそれをかわす。その背後では木で組んだ防御壁がグリフの剣技の衝撃波を受け木っ端みじんに砕け散った。
「その演し物はさっき観たわよ」
アンジの笑い声にグリフは答えず、振り下ろしたクレイモアを斜め上へと切り上げ。さらに動作を止めることなく八の字を描くように横なぎにする。
次々と衝撃波がアンジを襲う。しかし、アンジは余裕でかわし続ける。
対するグリフのクレイモアは次第にスピードが上がっていき、衝撃波も切れ間なくアンジを襲い続けた。
衝撃波をかわすアンジも次第に余裕を失っていく。ついには衝撃波の密度が極限まで上がり一つの大きな塊になってアンジを襲った。
ついにアンジは衝撃波をかわすことを放棄し、代わりに防殻を発動して衝撃波の直撃に備える。
耳障りな爆音を放ちながらアンジの防殻は衝撃波を受け流す。
しかし、グリフはこれに構わず剣を振り続けた。
クレイモアから放たれた衝撃波がつぎつきと防殻を襲う。勢いに押され防殻が波打ち始めた。
余裕の表情だったアンジが舌打ちをする。
防殻に皺が寄り始めていた。そして皺が裂け目となっていった。
ついにアンジの発動した防殻は千切れ千切れとなり四散した。
そしてアンジはそのままグリフの衝撃波に呑み込まれた。
回りの冒険者が歓声を上げた。その声はアンジへの憎悪と死を逃れたという喜びが混じったもの。
アンジさえいなければアンデッドは置物と化し、残ったオークやゴブリンどもは雑魚の集団である。
失いかけていた冒険者達の士気が回復するかに見えた。
しかし、衝撃波が通り過ぎた後、切り刻まれているかと思われたアンジは何事もなかったように立っていた。
冒険者達の歓声が嘘のように消失し、辺りが静まりかえった。
「硬化魔導……か」
グリフは一人つぶやく。
硬化魔導--魔導により体を硬化させて物理的衝撃を跳ね返えすもの。
その硬度は魔力の大さにより異なる。アンジであればかなりの硬度を有しているに違いない。
グリフは頬に汗が伝い落ちるのを感じた。
「なかなか面白い演し物だったわね。じゃあ、次は私の番ね」
そう言い放ち、アンジは手のひらに黒い玉を出現させた。




