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2 ジーヴル・敵 2

「崩御されました」


 魔王だった者の死体を見つめながらジーヴルがしんみり呟いた。

 しかし、ユージは感傷的な気分はこれっぽっちも起きない。人を勝手に召喚して、役に立たん老人一人と指輪を残して、好きに生きよだと!

 ユージは、蹴りの一発でもお見舞いしてやりたい衝動に駆られたが、神妙な面持ちのジーヴルを前に、そんな思いを飲み込んだ。


「長い仲だったの?」

「かれこれ100年は」


 100年……。

 どうやら魔族というのもの寿命は人間より長いらしい。

 俺もそれくらい生きるのだろうか?

 ユージは一人つぶやく。

 この世界の知識がないユージにとって、ジーヴルに訊くべきことは沢山ある。


「ユージ殿も良き魔王として臣下を導いてくだされ」

「まだ、魔王を継ぐとは言ってないよ」

「ユージ殿は陛下の若い頃に似ております。きっと、多くの女性がこぞって寵愛を求めて列をなすことでしょう」

「俺のことなんか今の今まで知らなかったくせに。適当なこと言っておだてても、魔王は継がないよ」

「ふふふっ。そうですかな、そう遠くない将来、ユージ殿は魔王を継がれると思いますよ」

「予知能力はないんでしょ?」

「勘は相当なもんですよ」


 ジーヴルは意味深な笑みを浮かべ、俺を見つめた。

 ユージが魔王を継ぐことになんの疑いもないようであった。


「さあ、参りましょう」


 心の整理が付いたのかジーヴルがユージを促した。

 確かにこんな地下の洞窟にいつまでもいるわけにもいかない。

 ユージの頭の中はもはや怒りは消え去り、諦めが支配した。

 誰もいないよりまし。そう思うことにして、脱力感に抗しつつ立ち上がった。



 そのとき、ユージたちの背後で爆発が起こり、爆風で体ごと壁際に吹き飛ばされた。


「ついに追い詰めたぞ! 魔王ルドルフ二世!!」


 黄金の甲冑に身を包んだ長身の男が顕れ、柄に凝った装飾の施されたロングソードをさっきまで魔王であった死体に突きつけながら叫んだ。


 その背後に紫のローブに魔法杖を手にした髭面の魔道士と純白に金糸の刺繍の法衣の修道女が続く。三人の頭上には白く輝く玉が浮かんで周囲を照らしていた。

 彼らがかなりのやり手であることは胸にコバルト・ブルーに輝く冒険者プレートが示している。


 コバルト・ブルーの冒険者プレート――スプリーム級=最上位を表すその冒険者クラスの保持者は、聖ムーロ帝国はおろか大陸全体でも現在数人。ギルドの長い歴史の中でも保持者はわずか二〇人に満たない。

 事実、彼らの通った後には、おびただしい数の魔族の死体が迷宮の通路を埋め尽くしていた。


 ユージとジーヴルは爆風で魔王の脇から吹き飛ばされたのを幸いに、異能の冒険者たちに見つからないよう岩の影に小さくにかがみ込んだ。


 白い光の玉に照らされ、ここが四方を石の壁で囲まれ窓一つ無い地下室であることがわかった。

想像以上に広く天井も高い。しかし、調度品などは一切なく、魔王の間というにはあまりにも殺風景だった。

 部屋の最奥に石造りの椅子があり、そこに魔王であった死体が腰掛けていたのであった。


 ユージは部屋を見回したが、結局、出入り口は彼らが入ってきた正面部分しか見当たらなかった。

 隠し扉でもあれば魔王が真っ先にそこから逃げ出したはず。観念してここで死んだということは、やはりこの部屋が行き止まりということを指名している。

 そうなると、ヤツらが出て行くのを待って、後から逃げ出すしかないか……。

 ユージは脱出の方法に頭を巡らせる。


「観念しろ!! 魔王よ」


 黄金の甲冑の背後から、紫のローブに宝石がちりばめられた魔道杖をもった男も続けて叫ぶ。

 しかし、当然ながら黒い肉塊はぴくりともしない。


「おい、リチャードなんか変だぞ」


 紫のローブの男が金色の甲冑の男に近くに来るように促す。


「油断するなよ、ヘンドリクス。相手は魔王だ。なに企んでいるかわからん」

「魔導防御壁。フルパワー」


 ヘンドリクスが魔導攻撃を阻止する防殻をリチャードにまとわせた。


「モア、ファンネル・ライツ」


 後衛らしい修道女が詠唱するとさらに無数の光の玉が浮き上がり、より明るく地下室内を照らし出しだす。


 リチャードはロングソードを正面に構えつつ、ゆっくりと黒い肉塊に近づいた。

 そこには腹部からの大量の出血でローブを黒く濡らして横たわる老人の姿があった。

 その目は閉じられ微動だにしない。


「ヘンドリクス、もう死んでるようだ」

「そいつはホントに魔王なのか? リチャード」

「ソフィア、もっと光をくれ」


 ソフィアは杖を振り、光る玉をリチャードの方へ送る。その光に照らされて老人の全身がより鮮明に浮かび上がる。

 その老人の頭は金の王冠をかぶり、おそらく巨大なルビーであろう赤く光る宝石の指輪が左手の薬指にはめられている。右手には漆黒の杖が握られていた。


「魔王に間違いないと思う。王冠に杖、それに左手薬指に指輪ーー三種の魔神器、伝承の通りだ」


 へンドリクスも老人に近寄り凝視する。


「腹部への攻撃が致命傷だったようだな。でも誰がやった?」

「そんなことどうでもいいだろ。ここには俺たち以外はいないんだ。俺たちがやったってことで問題あるまい」

「私の日頃の行いのおかげね。みんな私に感謝しなさい」


 男達の後ろから覗き込んだ修道女が胸を張った。


「リチャード、他のヤツらが来る前にとっとと首を刎ねろ」

「分かってるって、へンドリクス」


 そういうと、リチャードはロングソードを魔王であった死体の首を目がけ振り下ろす。

 何の抵抗も無く老人の頭が胴体から切断されリチャードの足下に転がった。

 リチャードは大きな袋を持つヘンドリクスの方へ冠を被った頭を蹴り上げた。


「おいおい、もう少し丁寧に扱えよ。一応魔王だぞ」

「魔王だった、だろ。今じゃただのモノに過ぎん」


 そう言うとリチャードはさらに魔王の左手首に剣を上から突き刺して切断し、頭と同じようにヘンドリクスに向けて赤い指輪をはめたままの左手を蹴り上げた。


 こいつらは勇者達だろ、もう少し品良く、というか敵に対して敬意を払うべきじゃないのか? 

 別に魔王に思い入れがあるわけではないが、ユージはむかつきを覚えた。

 ただそうはいっても、飛び出して無礼を咎めるなんてことは到底できはしないのだが。


「あとは杖か」


 リチャードは面倒くさそうに杖を掴み拾い上げようとした。が、すでに死後硬直が始まっているのか魔王の右手が杖から離れない。


「ちっ、めんどくせーな」


 そう言うと、同じように手首から切断し、右手も蹴り上げた。

しかし、長い杖が地面に引っかかり思わぬ方向へ飛んでいく。

 掴んだままの手首とともに杖はユージの目の前に音を発てて落ちた。


 「うわぁっ!」


 ユージは思わず声を上げてしまった。

 気付かないでくれ! 

 ユージは思わず神に祈った。


 しかし、神はユージに味方しなかった。


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