19 辺境の町・新しい仲間 6
夕食は、広場で買った肉の串焼きとパンを宿の部屋に持ち帰り、簡単に済ませた。二人でパンをかじりながら今後の方針をあれこれ話す。
ポーションがすぐに手に入らない以上、この町に長居する理由もない。
北の前線基地から少しでも離れた次の町を目指そうということになり、明日の朝にでもこの町を出ることにした。
突然、部屋の扉がノックする音が二人の会話を遮った。
ユージとマルチナは身構えドアを凝視した。ユージにもマルチナにも訪ねて来るような知り合いはいない。
ユージはドアに向かった声を掛けた。
「なにか?」
「おまえさん達に用だって、二人組が来てるぞ」
宿の主人の声だった。
「ああ、わかった。ありがとう」
ユージは返事をし、マルチナと目を見合わせる。
「もしかして昼間の髭面の奴らが仕返しに来た?」
「んー、宿までは知らないはずだけどね……。面倒くさいから路地に誘い込んで殺っちゃう?」
「まあ、相手の出方次第ということで……」
ユージはグラディウスを腰に下げ、マルチナと共に階段を降りた。
しかし、そこに待っていたのは髭面の男ではなく、マグナスとセルリンであった。
ほっとした表情を浮かべたユージにマグナスが申し訳なさそうに頭を下げた。
「やあ、悪いな、こんな夜中に」
「いえ、まだ寝るには早い時間だし。どうかしたんですか?」
「いい話があるんで急いで会いたかったんだよ。まあ、立ち話もなんだし、ちょっとそこまでいいかな」
ユージとマルチナはマグナスとセルリンの後に続いて宿を出た。
あまり人がいるところに出たくはなかったが、まさか自分たちの部屋にマグナス達を入れるわけにもいかない。
ユージとマルチナはマグナス達の後に続き昼間食事をした酒場の門をくぐった。
店の中は昼間と違い、大勢の冒険者が酒を片手に大声が飛び交いすこぶる賑やかであった。
四人がテーブルに着くと、マグナスはエールを四つ注文し、内緒話をするかのようにユージ達に顔を近づけた。
「これを使え」
そういうとマグナスはテーブルの上にマグナスが緑色のポーション差し出した。
「これは?」
「レベル3のポーションだ。知り合いに無理言って譲ってもらったもんだ」
「そんな悪いですよ」
「いいから遠慮するな。ポーションは必要な時に一番必要としている人が使う、そういう物だろ」
セルリンもユージを見つめ、受け取るようにと頷いた。
ユージはポーションを受け取り、マグナスに頭を下げた。
「いいって、ハンナちゃんのためなら何だってするさ」
「頼んだ覚えないけど?」
マグナスに対するハンナの態度は変わらず冷たいままだった。
そんなマルチナの態度を見ても落胆の色も見せず、マグナスがユージの方へ身を乗り出して小声でささやいた。
「実はもうひとつ話しがあってな。美味い儲け話があるんで、一緒にどうかなって」
「儲け話?」
「そう、魔族の集団が西の森に立て籠っているらしい。そいつらを狩り行く。いわゆる落ち武者狩りだよ」
セルリンがマグナスの話を補足するため話を続ける。
「ただし魔族は殺さずに捕まえてまとめて奴隷商に売り払う、って寸法さ。まあ殺しても魔核拾いにはなるけどな」
「お金に困ってるように見える?」
また、マルチナが興味なさそうに答えた。
ユージは悩んだ。さんざん世話になったマグナスの誘い、しかも治癒ポーションを譲ってもらったばかり。むげに断るのは気が引けた。
しかし、明日にはこの町を出るとさっき二人で決めたばかりだ。
「ハンナはまだ傷が完全に癒えていないし……」
ユージの煮え切らない態度に、マグナスが詰め寄った。
「さっきのポーションを飲めば大丈夫だって。それに楽な仕事なんだって。今回のはギルドではなくゴールデン級冒険者の主催だ。それに加えてシルバー級も二組参加する。危険な魔族はそいつらに任せて、俺たちは後ろでオークやゴブリンを追い込むだけ。危険は一切無しだ」
「危険な魔族って?」
「あ、いや、オーク以外にもそこそこ強い魔人がいるかもだって。だけど心配ない。しょせん敗残兵の親玉だ。ゴールデン級に太刀打ちできるわけはない」
「それに、俺たちが君たちをフォローするって」
慌てて言い繕うマグナスに。セルリンが援護射撃をした。
しかし、ユージとしては新たな配下を探すほうが優先度が高い。ここは正直に言うしかないかと腹をくくる。
「実を言うと、明日にはこの町を出ようかと話をしていて……」
町を出るというユージの言葉がショックだったのだろう、マグナスの顔が悲しそうになる。
「そんなこというなよ……。四人一組が参加の単位なんだ。あと二人どうしても必要なんだ。頼むっ。頼むよー」
マグナスが真剣な面持ちになってユージを見つめる。そして、ポツリと漏らした。
「実をいうとな、セルリンは今、金が必要なんだ。こいつには故郷の村に残してきた小さな娘がいるんだが、生まれつきの病気のためえらく金がかかる。」
マグナスに促されセルリンは懐から小さな紙片を出した。
そこには正体不明の落書き、かろうじて「パパ」と文字が書いてあるのが分かった。
娘がセルリンに贈った物のように見える。紙片を見つめるセルリンの目が涙で潤んでいた。
泣き落としと分かりつつも、マグナスに恩を返したいセルリンを助けたいという気持ちも無視できない。どうしたものかと思案しつつ、ユージはマルチナに話を振った。
「どうだろう? 行ってみない?」
マルチナは考え込む。そんなマルチナをマグナスとセルリンは懇願するような表情で見つめた。
「ニコがそう言うなら」
マルチナが呆れたようにぼそっと呟いた。
「そうこなくっちゃ。やっぱりハンナちゃんは優しいな」
マグナス喜びの声を上げた。隣でセルリンは涙を浮かべている。
マグナスはテーブルに運ばれたエールを掴むと、乾杯の声を上げる。促されてユージも杯を掲げた。
その後も二人は、今度の仕事がいかに簡単で金になるか、危険がないことをしつこく語り続けた。 もっとも、ユージがマルチナの体調が完全でないことを理由に早々に店を出ることを告げると、二人は目的を達成したからであろうか素直に応じた。
「明日の朝七時、南門前に集合だ。遅れないでくれよ」
マグナスが念を押す。
「あー、あと言い忘れてたが、荷物は全部持ってこい。宿に置いて行くとコソ泥まがいの冒険者に盗まれるからな。鍵なんか役に立たん。大切な物は肌身離さず持っておくことだ」
店を出るユージとマルチナにそう言い終わるや、マグナスは、エールのおかわりを注文した。
二人はまだまだ飲み続けるようであった。