18 辺境の町・新しい仲間 5
狭い街ゆえか装備屋は一軒しかなかった。
鍛冶屋が併設されているらしく、店の裏が工房になっているようだ。剣を鍛える槌音が店内にも響いていた。
店に入り、ユージは何本か展示してあるロングソードをあれこれ手に取り、振ってみた。
自分の体格に合わせ、なるべく軽そうなヤツを見繕うが、それでも1.5キロはあるだろうか、かなり重い。
一般には剣道の竹刀で500グラム、プロのホームランバッターのバットでも1キロはない。
1.5キロの鉄の剣を振り回すためにはかなりの筋力とさらに持久力が必要である。
「おいおい、ロングソードはやめといた方がいいぞ」
マグナスがユージに声をかけた。
「たしかに威力はあるし、実際、多くの剣士が使ってはいる。一対一ならいい。しかし、密集した状態で乱戦になると剣の長さから仲間を傷つける危険がある。それに何より重量だ。ニコの体格だと逆に剣に振り回されて無駄に体力を消耗してしまう。戦い初めから一分ももてば御の字だ」
豊富な経験を踏まえたマグナスの解説はいちいちもっともな内容だった。
剣を使った実戦経験のないユージは思わず、マグナスの話に聞き入った
「それよりもこっちだ」
マグナスは別の棚に歩み寄るとそこから一本の剣を取り出し、ユージに渡した。
「これは俗に言うグラディウス。古代ムーロ帝国時代にレギオン(軍団)が装備していた剣だ」
幅広の両刃で先端は鋭角に尖っている。柄の端から刃先まで70センチ程度とロングソードに比べかなり短い。
それに、片手で使うことを想定し持ち手の柄も短く、軽量化が図られている。体感でロングソードの半分程度の重さか。
ユージはマグナスから剣を受け取り、店の外に出て振ってみる。
確かに、軽いため振り回しやすい。非力なユージでも手首を返すだけで自在に剣を操ることができる。
マグナスの説明どおりであることにユージは納得した。
「これにするよ。色々ありがとう」
「なぁに、同郷のかわいい後輩だ、礼にはおよばねぇ」
マグナスは陽気に笑った。
装備屋を出たユージはグラディウスを腰に下げ、宿へと向かおうとした。
しかし、マグナスもユージ並んで歩きだす。着いてくるなとも言えないし、唐突にユージから別れを切り出すのも躊躇われた。
どうしたものかと考えているうちにマグナスが口を開いた。
「ところでニコ。ハンナちゃんとはどういう関係なんだ?」
やっぱり、それか……。
マグナスの目的はどうやらユージではなくマルチナであった。
たしかに、マルチナに近づけるならどんなツテでも利用するのが男だろう。もちろんマルチナの正体を知らなければという前提でだが。
ユージは、内心、苦笑いしながら答えた。
「ただの相棒です。それだけです」
「本当か?」
「本当ですって」
しつこく何度も確認するマグナスにユージも何度も関係を否定した。
ユージの話に納得したのか、マグナスは機嫌が良くなっているようだった。
「ところで、ハンナちゃんは機嫌が悪いようだけど、いつもあんな感じなのか?」
「実は魔族との戦いで怪我してしまいまして、正直、具合が思わしくないんです」
「そんなに悪いのかい?」
マグナスは心配そうな表情を浮かべた。
「背中をざっくりやられちゃって……」
「なるほどぉ、どおりでハンナちゃんの対応が冷たかったわけだ。怪我が原因か……」
完全に勘違いしていると思ったが、性格が悪いのは元からです、とはさすがに言えない。
とりあえず勝手に勘違いさせておいても問題はなかろうと訂正をしないでおくことにした。
黙って歩くユージにマグナスがユージに提案した。
「ゴールド級の修道士を紹介するぞ。少々金はかかるが、腕は確かだ」
親切なマグナスの申し入れを断るのは心苦しくもあったが、修道士にマルチナを診せるわけにもいかない。
「いえ、実は彼女、宗教上の理由で修道士に診せるわけには……」
「異教徒なのか?」
「いえ、東のビザンティス帝国出身なんです。おなじメディス教でもどうやら宗派が違うようで……」
「そうか。なら、ポーションは?」
「買いに行ったんですけど、治癒ポーションは売り切れてました」
「打つ手無しか……」
ユージは親身なって色々手を尽くそうとしたマグナスに礼を言うと、マグナスは水くさいこと言うなとユージの背中を叩いた。
ユージ達は広場に出た。
するとマグナスが何か思いついたかのように広場を見渡した。
「ちょっと待ってろ」
マグナスはそう言うと、果物を並べている露天商に駆け込んだ
店の主人と何やらあれこれ交渉しているマグナスを眺め、セルリンは呆れたようにため息を付いた。
「ハンナさんに土産でも買おうって魂胆か……?」
「マグナスさん、ハンナを気に入ってくれたみたいですね」
ユージは半分呆れながら笑った。ところが、セルリンから返ってきた返事は意外なものだった。
「まあ、それもそうだが、もしかしたら君にマイキーを重ねてるのかもな」
「マイキー?」
「昔、一緒に仕事をした若い冒険者だ」
「昔? 今はどうしているんですか?」
「死んだよ」
セルリンはあえて感情を込めず、さらりと言った。
「もしかして、魔族に殺された……?」
「ああ、そうだ。冒険者に登録したての若者でな、どうしても一緒に行きたいって言うから、連れて行った。で、魔族に殺された。実戦に出るには経験不足だったんだな」
マグナス達と一緒にいると、つい忘れがちになるが、魔族と人間は敵同士。殺し殺されの関係である。
なまじ人間だった頃の記憶があるだけに、その感覚について行けない自分をユージは再認識した。
セルリンは話を続ける。
「ヤツのミスで死んだってわけじゃないんだがな。しかし、同行を認めたのはヤツだ。少なくとも、もっと鍛えてから連れて行くことはできた」
「……」
自ら冒険者になった以上、身の安全は自己責任なのは当たり前の話しである。しかし、マグナスは責任感から自分を責めているのかもしれない……
ユージは広場の端の露天商にあれこれ指示しているマグナスの背中を眺めながら思った。
セルリンもユージと同じくマグナスを眺めながら呟いた。
「いずれにせよマグナス自身の問題だ。背中の荷物は代わりに背負うことはできても、心の重荷は代わってやれない」
「たしかに……」
「もしかしたら君を助けることで重荷を減らそうとしているのかもな。まあ君もマグナスの重荷を増やすような無茶なことはしてくれるなよ」
セルリンが重くなった空気を吹き飛ばすかのように声を上げて笑った。
そのとき、マグナスが抱えきれないほどの果実を持って、ユージたちのところへ駆け戻ってきた。
それに気づいたセルリンは小さな声で念を押した。
「俺がマイキーのことを話したのは内緒だぞ」
ユージは黙ってうなずいた。
結局、マグナスはマルチナへのプレゼントだと言って果物を抱えたまま宿の前までついてきた。
その間、マグナスの話題はマルチナに関するものばかりだった。好きな食べ物とか苦手は何かとか……。
宿の前まで来ると必ずマルチナによろしく伝えるように念を押して、ようやく帰っていった。
ユージは複雑な気持ちでマグナスと別れた。