14 辺境の町・新しい仲間 1
ユージとマルチナは収穫されたばかりの青臭い野菜とともに荷馬車に揺られていた。
たまたま通りかかった荷馬車の老いた農夫に、銅貨数枚を渡すことで同乗の許しを得たのだった。
マルチナは熱も高く、肩で息をしている。
さすがに出血は止まったようだが、失った血もかなり多い。痛々しいが、残念ながら何の能力も無いユージにできることはない。
心配そうに見つめるだけであった。
「あんたら、冒険者かなんかかね?」
手綱を握る老いた農夫が銅の冒険者プレートを首に下げたユージに尋ねた。
「はい、魔王討伐軍に参加していました。ただ、相棒が怪我したもので、町で治療をと思って……」
「冒険者などなるもんじゃない。詐欺師やゴロツキと変わりはない」
「詐欺師やゴロツキですか?」
「そうだ。地道に働くのが嫌だから一獲千金を求めてギルドに登録する。まあ若い奴がそういうのに憧れるのも分からんでもないがな。だが、現実は多くの者が怪我を一生引きずることになるか、命を失うか……」
「でも、ものすごく強い冒険者もいるじゃないですか」
「そんなのは例外中の例外だ。生き残っているのは姑息に立ち回り、他人を騙して金を巻き上げる詐欺師か、どさくさに紛れて弱いものから奪っていく盗賊まがいの連中だけだ。つまり、詐欺師、ゴロツキの類いだ。」
農夫は苦しそうに息をするマルチナを眺めながら諭すように話を続ける。
「あんたらはまだ若い。これを機に冒険者など辞めてしまったほうがええ。畑を耕し羊を追う。大地と主に暮らすのが人間らしい生活というものだ」
ユージは黙って農夫の話を聞いていた。
ユージとしてもスローライフを送れるものなら送りたい。しかし、魔王の盟約を結んだ以上、魔族の行く末が自分の肩にかかっている。自分だけが安穏と過ごすわけにはいかなかった。
ユージは適当な相づちを老農夫へ向けた。
マルチナが言うには、町や都市への出入りには常に身分証が必要とのことであった。魔族であるユージ達に人間世界の身分証など無い。
しかし、ユージの手元にはベイズ達から奪った冒険者プレートが数枚ある。そこからユージは剣士の冒険者プレートを選び首に付けた。ニコ・ヴェルナーこれがユージの当面の名前となる。
マルチナは修道女のプレートをつけた。そのプレートにはハンナ・ジャスミン・ウィルヘルムと刻印がされていた。
「あのー、向かっている町はどんなところですか?」
「なんにもない田舎の小さな町だ。住んでいる者もたかだか二百人いるかどうか。ただ、今回の魔王討伐軍のおかげであの町もちょっとした好景気でな。兵士やら冒険者やらが沢山おる。たしかに冒険者などろくなもんじゃないが、おかげで儂らもこうやって作物を高値で買ってもらえるわけだ。あまり悪くは言えんか」
老人は苦笑交じりに答えた。
馬車に揺られること数時間、日が傾き影も長くなり始めた頃、道の先に日干煉瓦の壁で囲われた町が姿を現した。壁と言っても高さ二メートルもない、気休め程度のものである。
野党の集団や魔族の中でも低位なゴブリンやオークの襲撃を防ぐのがせいぜいだろう。
町の南北に二つのゲートがあり、町の役人が人の出入りを管理していた。
北側ゲートには北方の討伐軍前線基地から帰還した兵士や冒険者パーティーが列を作っていた。
ユージとマルチナは農夫に別れを告げ、冒険者達の列に並んだ。
ユージ達の後からも新たな冒険者達がその列を伸ばしていった。
「テルヴェ村登録 ニコ・ヴェルナー 級はブロンズ。よし、行っていいぞ」
審査はあっけないものであった。
役人が冒険者プレートを確認するだけ。こっちの顔すら見ていない。実際のところ、係官の意識はユージの後ろのマルチナに行っていた。
係官だけではない、すぐ後ろに並んでいた二人組の冒険者もユージたちに興味津々の様子で、ユージ達を観察していた。
女の冒険者自体はさほど珍しいものではない。しかし、美人の冒険者ともなれば話は別。この世界では容姿が美しければそれだけで貴族や金持ちにつながることができる。
美しい容姿を持ちながらわざわざ危険な冒険者を選ぶ者は一部の変わり者に過ぎなかった。
マルチナはフードを目深に被っていたが、そこから覗く大きな目と長いまつげ。それにローブの上からでも分かる大きく膨らんだ胸。
美人ぶりは隠せなかった。
「調子悪いのかい?」
係官がマルチナに話しかけた。
「……」
「ポーションはないのか?」
無言のマルチナに、係官は心配そうに尋ねた。
ポーション? 怪我を治癒するクスリか? やっぱりそんな便利なものがこの世界にあるんだな。
ユージはさらに情報を得ようと係官に尋ねた。
「実はそうなんです。この町で手に入りますか?」
「ああ、冒険者ギルドの脇のショップにあるよ。ただこの魔王討伐戦のおかげで今はかなり品薄だ。当然値段も高くなっている。最低のレベルでも金貨一〇枚。こっちの姉さんの様子だと相当上のレベルが必要そうだな。少なくとも金貨三〇枚、下手すると五〇枚は取られるかもしれんな」
「金貨五〇枚くらいなら何とかなります」
「おおっ、すげー稼いでいるんだな。おれも役人を辞めて冒険者にでもなるかな」
係官は笑った。ユージ達を通すと、名残惜しそうにマルチナを眺め、また次の冒険者へと意識を戻した。
北側のゲートを抜け街中に入ると、ユージはマルチナを休ませるため、とりあえず目に入った宿屋の門をくぐる。
そこで唯一空いているという個室を五泊で銀貨五枚で確保し、マルチナ抱えるようにして二階の個室へと運んだ。
個室といっても、狭い部屋の両脇がベンチ状になっており、その上に薄い毛布が一枚あるだけ。向かい合って座れば会話にはちょうどいいが、ベッドとしては硬いし窮屈だ。
しかも、部屋にはシャワーなど無く、洗い桶と水差しが部屋の奥の荷物棚の上に置いてあるだけだった。
これで一泊銀貨一枚とは……。
こちらの世界の物価レベルはまだよく分からないが、銀貨一枚は決して安くはないはずだ。
しかし、マルチナをむさ苦しい冒険者達が雑魚寝する一階の大部屋に一緒に寝かせるわけにもいかない。個室が取れただけでもよしとするしかないと諦めた。
「あの、部屋が一つしか取れなかったんで、一緒でいいかな?」
ユージは恐る恐るマルチナに確認する。
絶対、何か言われる!
と思ったが、マルチナは無言で頷いたのみ。
さすがに体調が悪いのかいつものからかうような様子ではない。沈黙されるとそれはそれで居心地が悪かった。
マルチナをベッドに寝かし、ユージも横になった。
とりあえず明日はポーションを買いに行かないといけない。装備も必要だ。
そして何よりこの世界の情報が不足している。
幸いお金はベイズ達から掠奪した金貨が豊富にある。それだけが救いといえた。
シンはあれこれ考えていたが、疲れが溜まっていたのであろうか、すぐに眠りに落ちた。