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13 マルチナ・出会い 10


「一刻も早くここを離れなければ。陛下」

「陛下?」


 態度の急変したマルチナにとまどい、ユージはマルチナを見返した。


「陛下って、俺のこと? ちょっとマルチナさん、どうしたんですか?」

「盟約を誓った以上そうなるのよ。私のことはマルチナって呼んで」


 コミ障にいきなり年上の超美人の女の人の下の名前を呼び捨て! ハードルが高すぎるっ。


「わかったよ。マルチナ(さん)」


 とりあえず、さんの部分は声に出さないで呼ぶことにする。

 そう決めてユージはマルチナに肩を貸し、森に向かうため立ち上がろうとした。

 その時、ユージは背後に強烈な光を感じた。


「伏せて!!」


 マルチナが叫びながらユージに覆い被さり黒翼を広げてユージを包み込む。

 マルチナの黒翼に完全に包まれたユージには外の様子は何も見えない。ただ爆音が前方の森へと飛び去るのを感じた。



 リチャードが放った白い光の玉はユージ達の先にある森へと炸裂した。

 その瞬間、膨大な熱線がほとばしった。

 一瞬で周囲の木々を、そして小動物達を蒸発させた。熱線は衰えながらも森の木々を焼き尽くして、さらに森から百メートル離れたところにいた二人を襲う。

 二人の周囲の草木は一瞬で焦がされ、一面、黒一色に変わった。


 同時にゴォーという低く大地が唸るような音が沸き起こった。

 熱線とほぼ同時に急激な空気の熱膨張により発生した爆風が石や砂を巻き上げながら放射線状に拡大した。

 熱線で真っ赤に熱せられた小石が爆風に乗って機関銃の弾丸のようにマルチナの黒翼を叩いた。





「きゃーーー」


 熱風に頬を叩かれ、飛ばされそうになった帽子を右手で押さえながらソフィーが思わず悲鳴を上げた。


「あんたバカじゃないの? いえ正真正銘のバカだわ。味方を殺す気?」


 爆風に巻き込まれ飛んでくる小石や小枝。左手の魔導杖で顔をかばいつつ、ヘンドリクスも咳き込みながらリチャードに言葉を掛けた。


「いくらなんでもやりすぎだろ。それに、今のをまともに食らえば死体も残らん。これじゃあ生死の確認も無理だ」

「……」


 リチャードは沈黙のまま消失した森を睨んでいる。

 ヘンドリクスも無言でリチャードを眺めていたが、いい加減待ちきれなくなったのか声をかけた。


「行くぞ、リチャード」


 リチャードは納得していない表情でつぶやいた。


「今までこれを受けて生き残ったヤツはいない。ただ、俺の顔に傷を付けたヤツだ。生きていても驚かん」


 リチャードは剣を鞘に収め、ため息をついた。そしてソフィーの方を向いた。 


「ソフィー、ヒールを。顔の出血が止まらん」

「誰があんたなんかにヒール使うかっていうの」

「さっき、そんな傷ヒールで直せるって言ってたろ」

「治せると言ったけど、治してあげるとは言ってないわ。帰ってから治癒ポーションでも買えば。大バカ野郎」


 ソフィーはリチャードに背を向けた。

 二人を溜息交じりで眺めながらヘンドリクスが魔導杖を掲げた。


「では、帰るとするか。全くの骨折り損だったな」


 ヘンドリクスは周囲の魔道無効化を解除し、北の前線基地へ向け瞬間移動魔導を発動した。

 リチャードはしばらくの間、大部分が消失し黒い影となった森を眺めていたが、ヘンドリクスに促され、共に瞬間移動の魔導に光に包まれた。







「大丈夫? マルチナ(さん)」


 暴風が収まっていくのを感じ、ユージがマルチナに声をかけた。しかし、マルチナはぴくりとも動かず反応がない。

 まさか? いまの爆風で……。


 ユージはマルチナの黒翼の下から這い出した。

 マルチナの黒翼は左翼がもげかけていた。右翼も何十枚もの羽が抜け落ち、背中には大きく切られた傷がいくつもの筋となって、血を滴らせている。

 マルチナがユージを庇った結果であった。


 何で自分なんかのためにここまで……。

 ユージは唇を噛んだ。

 マルチナが自分を庇ったのは自分と盟約を結んだ結果なのか……。

 ユージは自問する。

 もしそうならユージの決断は、結果としてマルチナが命を賭けてユージを守らざるを得ない状況に追いやったことになる。 

 つまり仲間の命と引き換えに自分の命を守っただけ。


 ユージはおそるおそるマルチナの口元に耳を寄せるが、呼吸の音は聞こえない。

 取り返しようのない現実に呆然となる。

 ユージは魔族として最低レベル。死者の復活魔導などできるはずもない。


 いや、まだだ、できることはあるはずだ……。

 ユージは自分を鼓舞した。

 

 ユージはマルチナを仰向けにし、マルチナの胸に両手を重ねて置き、真上から何度も強く押す。

 つづいて、マルチナの小さな鼻を左手でつまみ、ふっくらとしたマルチナの唇に自分の唇を重ね、強く息を吹き込んだ。


 マルチナの表情を覗うが何の反応もない。

 ユージは二度、三度と大きく息を吹き込み。ふたたび、胸を強く押し続ける。


 お願いだから……。

 見下ろすマルチナの顔が涙で歪む。それを気にせず胸を押し続けた。

 

 「マルチナ! マルチナ!」


 マルチナの名を叫ぶ。

 お願いだから……、戻ってきて……。

 

 ユージは祈るようにマルチナの胸を押した。


 再度ユージが口を重ねようと顔を近づけた時、いきなりマルチナが咳き込んだ。


 マルチナはゆっくり開いた目の先にユージの顔を認める。

 そして、そっと消えそうな声を発した。


「おっぱい触ってるー」

「あっ、ご、ごめんなさい」


 マルチナがニヤっと笑った。 


「嘘っそー」


 またそれ……

 ユージは脱力した。


「……ありがとう、助けてくれたんだね」

「えっ」


 マルチナのお礼の声に説明できない感情があふれでて、ユージは胸がいっぱいになる。

 マルチナはユージを見つめながら上体を起こした。


「窪地に落ちていたおかげで直撃を免れたね。もしここから上がって森に入っていたらこの世から消えていたわ。まあ陛下が無事で何よりね」

「何よりじゃないよ。死んじゃったかと思ったよ」


 ユージはマルチナが生きていたことに安堵しながらも腹が立った。

 それが自分の非力さに対してなのか、捨て身で自分を守ろうとしたマルチナの無謀さに対してかは分からない。

 そんなユージの気持ちを察しないのかマルチナは続けた。


「盟約を結んだ以上、我が身に代えても陛下をお守りするのが臣下の務めだしね。臣下の身など陛下が心配することじゃないのよ」


 ユージを心配するマルチナにユージは涙ぐんだ。


 命を賭けて自分の命を守ってくれたマルチナのために何ができるのだろうか? 盟約が等価な相互義務であれば、自分も命をかけてマルチナを守らなくてはならない。

 自分のために命を捨てたジーヴルには何も与えられなかった。ならばマルチナにはジーヴルの分も報いなければならない。


「マルチナ(さん)は魔王に何を望む?」

「そうね。今更だけど、よき王として我らを導かれること、かな? まあ、おいおい何かしてもらうわ」


「よき王って……」


 ジーヴルもマルチナも、自分によき王たることを望む。

 しかし、最低の能力しか有しない自分ではどうやったってよき王になんかなれない。

 重すぎる期待にユージは自分の無力を嘆きうつむいた。

 そんなユージをマルチナは黙って見ていた。



 ふと、周囲の状況の変化を感じ取ったマルチナが微笑んだ。


「どうやら敵も去ったようね。陛下、気配がなくなったわ」


 危機は去った、つまりヤツらが去った、と言うことか……。

 ユージはようやく落ち着いて現状を考えられるようになってきた。


「ところで、陛下っていうのは止めてくれないかな」

「えー、じゃあ、なんと呼べばいいの?」

「例えばユージ君とか」

「んー、王様を”君”じゃねー。やっぱりユージ様?」

「様はいらないよ」

「じゃあ、ユージ、ね」


 えー、逆に呼び捨てかよ。振れ幅が大きすぎじゃね? 

 そう思いつつも、瀕死の重傷を負った相手と言い争をするのも気が引け、ユージはマルチナにそれ以上の訂正を諦めた。


 自分の言い分が認められたと判断したのか、マルチナが続ける。


「ユージ、これからどうする?」

「とりあえず、町に出よう。マルチナ(さん)の傷も治さないといけないし」

「それなら今まで来た道をそのまま南に進めば小さな町に出るよ」

「じゃあ、南に向かうか」


 マルチナはユージに頷いて同意の意を示した。



 二人はスプリーム級の勇者パーティーの気配があたりにないことを何度も確認し、ゆっくりと窪地を出た。

 すでに夜は明けていた。一面黒く()げた平原が朝日に照らされている。


 マルチナは魔導無効化が解除されたことを再確認して瞬間移動を発動することを申し出たが、ユージは断った。

 衰弱したマルチナにそこまでさせるわけにもいかない。

 荷馬車を取りに戻ることも考えたが、これも断念した。

 いくら魔族を探知できないといっても先程の馬車のところに戻るのは危険が大きい。それに、勇者パーティがブービー・トラップを仕掛けている可能性もある。


 ユージはマルチナに背を向け少しかがむと、自分の背に乗るように促した。


「臣たる者が王の背に負われるのはねー」


 固持するマルチナをユージは見つめた。


「自分もマルチナ(さん)を護ることを約束したしね」

「……」


 それでも動かないマルチナを促す。


「これは命令だ」 

「……はーい」


 マルチナはユージの背に体を預けた。

 ユージはマルチナの脚を後ろ手に抱えると、ゆっくり立ち上った。


「意外に軽いね」

「当たり前でしょ、失礼ね」


 さすがに重いとは言えない。それくらいはコミュ障のユージでも分かること。

 それと、マルチナの胸が自分の背中にあたるやわらかな感触についても黙っていることにした。


 そんなこと言ったら絶対からかわれる……。


 柔らかな朝の日差しの下、マルチナを背にユージは南へと歩き出した。


拙い小説に、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

一応、一区切りとなりました。


なお、次話以降についても、週6程度の更新ペースを目指したいと考えています。

引き続きお付き合いいただければと思います。

作者 拝

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