12 マルチナ・出会い 9
「奴らは魔族を探知できるって言ったよね。でも探知できなければ逃げ切れる?」
「ええ。夜の森じゃあ探知能力なしじゃ見つけ出すのは不可能ね」
ユージはマルチナの言葉に頷いた。
そしてズボンのポケットを探り、何かを取り出した。
それを見たマルチナの驚きのあまり声をあげた。
ユージの右手には黒い指輪--盟約の指輪が鈍い光を放っていた。
”そう遠くない将来、ユージ殿は魔王を継がれると思いますよ……”
たしかに勘は鋭いかも、ジーヴル……
ユージの脳裏にジーヴルの最期の笑顔が浮かんだ。
ユージは何か言いたげに口を開けるが言葉が出ないマルチナに微笑むと、自らの左手の薬指に黒い指輪を一気に通した。
アドレナリンが大量に投与されたかのように血が沸騰し体中が熱くなった。鼓動がどんどん早くなるのが感じられ、頭が割れるほどの頭痛が走る。目は見開いているにもかかわらず、目の前にいるはずのマルチナの顔は見えない。見知らぬ異国の文字、風景、人物が高速で網膜に写し出されては消えていく。
ユージは我慢できず低く悲鳴を上げた。
頭痛がおさまり意識が次第に鮮明となる。
数分のように長く感じたが、実際は一秒ほどもなかったのかもしれない。冒険者パーティーが迫っていないことからするとほんの僅かの時間であったのだろう。
戻りつつある視界には、信じられない!! という表情でユージの顔を凝視するマルチナの顔が浮かんだ。
「君…… まさか……」
あとの言葉が続かないのか、ただユージの顔を見上げるだけのマルチナに向かってユージは立ち上がった。
指輪が自分の意思を持っているかのようにユージの左手を操り、マルチナへと左手を差し出した。そして、自分ですら思いもしない言葉がユージの口から発せられた。
「王に永遠の盟約の誓いを…… 我はそなたを護ろう……」
ユージの言葉にマルチナは一瞬躊躇したが、意を決したのか小さく頷いた。
体を起こし片膝で跪き姿勢を正すと、折れた右手の爪先で自らの左手薬指の腹をなぞった。
指先に血が赤い点となって現れる。それは次第に膨らみ滴となって地面に垂れた。
「我の全てを王に捧ぐ…… 我は王の僕であり王は我の全て。我が身の全てを賭して王に仕えん。永遠の盟約をここに誓う」
マルチナも誓いの言葉を返す。そして、血で赤く染まった薬指をユージの黒い指輪に重ねた。
その瞬間、ユージは左手に電気が走ったかのような鋭い衝撃を覚えた。
再び、鼓動が早くなり体が熱くなった。
一方、マルチナの右首筋には赤い紋様が浮き出した。
白い肌に真っ赤なタトゥーを入れたかのようであった。
ユージ達の後を追っていたリチャードが驚きの表情と供に急に足を止めた。
「ちょっとまて、奴らが消えた」
「消えたって、魔導は全て封じているはずだぞ。リチャード、まだ酒が残っているのか?」
「確かに、どこにもいないわ。魔族を感知できない……」
いぶかしがるヘンドリクスに対してソフィーもリチャードに同意の声を上げる。
「私の魔導無効化が破られるわけあるまい」
「じゃあ、どこに行ったんだ?」
リチャードはヘンドリクスにくってかかった。
「瞬間移動でもなければ、こんな瞬時に反応が消えるなんてあるわけ無いだろ」
無言のヘンドリクスにさらにリチャードが詰め寄る。
「どっかに隠れているんじゃないか? 暗くて分からん。ソフィー、ファンネルライトを発動しろ」
「魔導無効化が発動されているのよ。魔道はつかえないわ」
「なら、魔導無効化を解除しろ!」
リチャードが苦渋の表情を浮かべ黙り込んでいるヘンドリクスに向かって叫んだ。
「バカね。魔道無効化を解除したら、ヤツは瞬間移動を発動して逃げるに決まってるでしょ」
「じゃあ、この暗闇の中どうやって探せっていうんだ? 森に逃げ込まれたら捕まえられんぞ」
「他人にばっかり訊かないで! 少しは自分で考えたらどうなの。脳筋バカ」
今度はソフイーがリチャードにくってかかった。
「言い争いをしている場合でも無かろう? 手分けして探すか?」
沈黙していたヘンドリクスが言い争う二人を諫めるように声をかけた。
「ダメよ、仮にあなたの魔導無効化が破られたとすれば、このあたりにあなたと同等かそれ以上の魔導使いがいるということじゃない。分散して行動するのは危険よ」
「じゃあ、どうすんだ? このまま逃がすのか?」
苛立ちを隠そうともしないリチャードに対してヘンドリクスは腕を組み考え込む。
そして、ため息にも似た大きな息を吐いた。
「やむを得ん。変態坊主のために危険を犯す義理はない。俺たちは魔王を殺って英雄になったんだ。こんなところで危険を冒して、死者として魔王スレイヤーの称号をもらうのはバカらしい」
「正確に言えば、すでに死んでいる魔王をみつけた、だけどね」
ソフィーが自虐の皮肉で応じたが、ヘンドリクスの提案に反対する意思は無いようであった。
しかし、リチャードは違った。
「ふざけるな、俺の顔に傷を付けたヤツだぞ。あの女は絶対に殺す」
「そんな傷、私のヒールですぐに治せるわ」
「傷の話じゃない。プライドの問題だ。このまま逃がすなんてあり得ん」
「じゃあ、あんた一人で行ってきたら? あたしは付き合わないわよ」
「ああ、そうするさ。お前なんか足手まといだ」
「まて、リチャード、冷静になれ。俺たちはチームだ。個人的なプライドを優先させてチームを危険に陥れることは許されない。それは分かっているだろう。それにヤツはお前以上の怪我を負っている、それで十分だろ」
「くっ」
年長のヘンドリクスから諭され、リチャードは黙り込んだ。
いくら頭に血が上っているからといって、後先考えず突っ走るほどの愚か者ではない。
「わかった。しかし、止めは刺す。これは譲れん」
リチャードは数歩ほど進み出て剣を構えた。
その先にはユージ達が向かってた森が黒い影となって闇夜に広がっている。
リチャードによる剣に込めた気合いと共に剣の周囲に光の点が無数に湧き出る。それは蛍のように県の周囲を舞い始め、次々と剣に吸い寄せられていった。
それに伴い剣自体が白く輝きだした。
「リチャード、何する気だ?」
「森に逃げ込んだことは分かっている。それなら森ごと吹っ飛ばすまで」
剣はさらに輝きを増し、昼間のように明るく周囲を照らしだす。ヘンドリクスもソフィーもあまりの眩しさに視線を下に落とした。
「ちょっと、いくら何でもやり過ぎよ……」
ソフィーの悲鳴にリチャードは聞く耳を持つ様子はない。
リチャードは太陽のごとく光を発する剣を頭上高くに掲げた。
「うぉぉぉおおお」
リチャードは咆哮と共に剣を振り下ろす。
白く輝く光の玉ーー小さな太陽のようなエネルギーの塊が森へと放たれた。